January 30, 2008

書き続けるということ

 

 それは結局のところ、脚本的なリハビリなのだろうなと思った。

 脚本講座に通いはじめてから、「なんだかこの感じが懐かしいな」と思うことが
よくある。なにしろ毎週課題が出るので、一週間のあいだ脚本のことを考えない
日がほとんどない。職場での休憩時間にノートを開き、おそろしく汚い字でアウト
ラインを作り、とりあえずそこに入れたい台詞を書きつけ、枚数制限の中で収ま
るように構成を考える。耳元で流れる音楽はほとんど聞こえていない。そこにあ
るのは実在しない人物の言葉と行動だけだ。こういうふうに没頭している瞬間と
いうのは懐かしくもあり、楽しくもある時間だといえる。

 講座にはとりあえず「脚本ってどんなものだろう」と通いはじめてみた人から、
プロ化を目指している人までさまざまな顔ぶれがいる。とりあえずの方々は姿
を見せなくなったり、出席しても課題に追いつかなくなってきているようだ。それ
はそうだろう、忙しく働いていたら毎週の課題はけっこうきつい。僕でさえぎりぎ
りなくらいだから。枚数的にはそれほど多くないが、毎週テーマが決まっている
ので、なんでも自由に書いていいというわけでもない。
 僕にとってはそれがけっこうおもしろい。自分だけだったらまず書かないだろう
というテーマが出るし、物語を構成する上で欠かせない要素を毎回メインにして
書かせることで筆力を上げさせるという狙いだと思われた。言われなくても知っ
てることから、「なるほどね」と思えることもあり、現時点では講座に通っている
ことが明らかにプラスになっているようだ。

 先日はいきなり、その場で数枚のシナリオを書いてくださいと言われ、手書き
が嫌いな僕はかなりつらかった。与えられた時間の中でみんな同じテーマで書
き、終わった人から帰れるという仕組み。時間ぎりぎりまで書く人がいれば、早
々と書き上げていく人もいた。僕は残り20分くらいまで時間を使って書いたけど、
それでも早い方だった。正直、やっつけだった感は否めない。
 翌週、それをひとりひとり音読し、挙手で誰が1位か決めるなどという簡易コン
クール的な展開になった。はっきり言って、それを知っていたら僕は休んでいた
恐れさえある。人前でしかも自分が書いた脚本を読むなんて自殺行為だ。狂っ
てる。ついでに言えばテーマは恋愛的なもので、さらに言わせてもらえば手書
きなので構成の直しが面倒すぎて――久しぶりに消しゴムの存在を思い出し
た――仕方なく出した脚本だった。まあ、それはほかの人も同じだったんだろう
けど。人前で自分が書いた恋愛的な台詞を読むところを想像してみてください。
信じられますか?(ヴォネガット風)

 結果はかなり意外にも、20人くらいの人数の中で僕が小差で1位だった。誰
も手を挙げなくても仕方ないくらいのデキだったのに。「えっ、こんなので?」と
内心思ったが、冷静に考えれば周りには初心者も多かったんだろう。僕個人
の感覚では及第点と思えるものを書いていた人は4人くらいしかいなかった。
あとは声の大きさや音読の巧さもある。感情を入れて読んでいる人がいれば、
緊張してうまく読めていない人もいた。うまく読めなかった人の中にもそれなり
に悪くないものを書いていたり、時間を与えればもっといいものが書ける人もい
たのかもしれない。そして、僕が思い切り棒読みだったのは言うまでもなく。声
を張りたくもないのでマイクの目の前でぼそぼそと読んでいたという噂。いま思
い出すと、僕に一票を入れた方々は前の方の席に座っていた人が多かった気
さえする。

 僕自身が一票を入れた脚本には、ほかに誰も手を挙げていなかった。好み
の問題なのかもしれない。その人が台詞を読むのを聞いていて、ひとつだけ
「あっ、この台詞はあの時間の中で俺には思いつかないな」という台詞があっ
た。だから一票というわけだったんだけど、そういう意味でもやっぱり台詞って
重要だなと思ってみたしだい。

 なんというかまあ、やっぱり脚本を書くのっておもしろいよね。
 そんなわけで、僕はまだ書いています。


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October 23, 2007

終わりなき夜に

 あれから何ヶ月が過ぎた?

 半年。前回ここに書いてからもう半年が過ぎた。恋人は月々の支払い的な痛みによって早く眠りにつき、僕はこうして久しぶりに文章を書いている。月に一度のこの時期がやってくると、女の子は大変だなと思う。あと10分でまた鎮痛剤を飲んでもいい時間になるが、彼女を起こして薬を飲ませた方がいいのか、そのまま寝かせておくべきなのかと僕は考える。こういうことは、男にはよくわからない。でも痛くて起きるはめになるくらいなら飲んだ方がいい。僕はそう判断し、彼女を起こして薬を飲むように勧める。薬とグラスに入った水を渡すと、喉が渇いているのか彼女は水だけを飲む。「えっ、水だけ?」という言葉で意図を伝えると、彼女は薬を飲んで呟く。「ありがとう」
 いえ、どういたしまして。それから彼女が再び眠りにつくまで一緒に横になる。規則的な寝息がまた聞こえてくると、僕はその場を離れてベランダでタバコを吸う。もう10月か、と考える。何かを変えようとしないと何も変わらない。僕は最近、シナリオ講座に通いはじめている。このままだと書けなくなっていくような気がしたから。手に入らないものをただひとり願い続けていてもモチベーションは下がるばかりで、ここらで最初から学び直さなければならないと思った。詐欺まがい商法に遭っている僕の知人はこう言った。「脚本をやったり、役者をしたり、あと音楽やっている人たちと、僕がしていることはそう変わらないと思う。成功するのはほんのひと握りのひとだけだから」。詐欺まがいと一緒にされるのもどうかと思ったが、まあ確かに一理あるのかもしれない。彼はまとまった金銭を投資して、僕らは時間を投資する。うまくいかなければ、どちらも同じ損失だ。むしろ時間の方が取り返しがつかないという意味では痛手なのかもしれない。彼はコツコツ働いて貯蓄すればまたある程度の金を手にすることができるが、僕らはコツコツ生きたところでもう20代には戻れない。

 それでも、今年の後半から来年にかけては学ぶ時期だ。結果を求めるのはそのあと。幸いなことに僕にはまだやる気がある。彼女はときおり目を覚まし、言葉にならない何かを呟く。眠っている喉元がひくひくと小刻みに動いている。なんとなくそこに手を当てる。歯を磨き、ベッドの空いているスペースを探して横になる。それから僕はこう思う。
求め続けているかぎり、それは終わらないのだと。


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April 25, 2007

短めに現状報告


 少しは仕事を増やしてみたいと思った。去年の暮れくらいに。世の中の職業事情で
言えば、僕は恐ろしいほど自由時間があるタイプの生きものだったから。息がつまら
ない程度にはつづけて仕事があればいいなと。息がつまらない程度というあたりが、
僕という人間の本質を表している気もするけど、とにかくまあ、それなりに仕事を増
やしてみたかったわけだ。去年の暮れからこの四月までに、新しく仕事をくれた会社
が3社。継続的に仕事をもらえるかどうかは別問題としても、それなりに悪くない成
果なのかもしれない。だから、僕はまた売り込みの電話をかける。

 10割バッターの方は相変わらずで、おそらく僕らは悪くない時間を過ごしている。
よく晴れた日には公園で横になって八重桜を眺め、雨の日にはカフェで向かい合っ
てコーヒーを飲んだり、恋人の部屋で音楽を聴いたりしている。ふたりともテレビに
興味がないから、その箱から音声が流れることはほとんどない。煙草を吸いにベラ
ンダに出ると、背の低い住居がいくつも並んで見えて、大通りからは車の排気音が
聞こえてくる。僕らは並んで街を見下ろし、「いい天気だ」とか「ちょっと寒い」とか
「風が気持ちいい」とか当たり前の感想を述べて、その日一日がはじまったことを
確認する。誰かと一緒に時間を過ごすうえで重要なのは、どうでもいいことと大切な
ことの感覚が近いことではないかと思う。それが近ければ、長く一緒にいても我慢
する必要がないし、ストレスを感じることもない。僕らの関係性は秘密裏に進行して
いるので、普段の僕はまるでなにごともなかったように振舞っていたりもする。こう
いうことを書けるのもこのブログだけでmixiには書けない。いくらか面倒だなと感じる
こともあるけど、しばらくはこれでもいいかなと思っている。そんなわけで、海外で活
躍する天才バッターのようにはいかないけれど、いまのところ僕らのボールはまだ
緩やかに高く飛びつづけている。

 最後に隣のガキについて。小学生の頃からなんとなく成長を見守ってきた隣のガ
キは気がつけば高校生になっていたが、今日はマンションの通路で女の子を連れて
いた。それはどんなにがんばっても中1にまでしか見えず、ほぼ間違いなく小学生だ
と思われる女の子だった。エレベーター前で僕に挨拶したガキは、帰っていく小学生
みたいな女の子に「またあとでね」と笑顔を向けていた。またあとで会うらしい。ふた
りの関係性がひどく気になる。大丈夫なのか? 隣のガキ。


 

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April 03, 2007

帰ってきた10割バッター


 この春、僕は10割バッターになった。比喩的に。簡単に言えば、チャンスを見送
るのをやめたということだ。いいボールが見えているのになぜ打たない? そう、
僕は長らく見送り専門のバッターだった。打席には立つ。でも打たない。いいボー
ルだ、それでも見送ろう。6割。うん、やっぱり見送っても平気じゃん。5割。くり返
し。そんなふうにして自ら感情を抑えて打率を下げるのを得意技としていた。そうい
う意味では選球眼だけはやたら鍛えられた。これはいいボール。これは悪いボー
ル。これはストライクと思わせておいてボール球。これはクセ球だけどじつは素直
なボール。その他いろいろ。

 僕のバッティングポリシーは、「我慢ができるなら振るな」だ。本当にいい球であ
るのなら、無意識的に振りにいくはずだと。そして、僕は自分がフルスイングにいく
とどうなるかをよく知っていた。まず、今までのように自分をコントロールできなく
なる。普段が淡白キャラであるだけに、そいつが非常に腹立たしい。だから見送る。
そんな自分を見たくないから見送る。そうすれば、僕はまた平穏でいられるという
わけだ。そういう性質だけに、むしろ低い打率で手を打ったほうがいいのではない
かと考えたこともある。でも、6・7割の打率で振りにいったところで、その後の打率
が安定するのかどうかも疑問だった。もちろん上がるかもしれない。でも、一気に下
がるのかもしれない。さっさと試合終了になる可能性があるなら、振りにいかないほ
うがいい。それはおそらく時間の浪費だし、どちらかが、あるいは両方が負傷するだ
けだから。我慢ができるのなら振らない。これはおそらく僕が歴史的失恋から学んだ
人生哲学であり、自分の身を守る術であったのだと思う。

 いつからだったのか正確にはわからないけど、僕はまた打席に立っていた。困った
ことに、今回のボールはとてもいい球だった。スイングした後のボールの軌道がイメー
ジできるくらいに。もし僕に巧く打つことができたのなら、こんなふうに飛んでいくんだ
ろうなと。それは高く長く飛びそうに思えた。打席に立って、そこまでイメージできるこ
となんてなかなかない。だから僕は迷った。迷っていながら、打席に立っていることが
心地良いことに気づいた。この時間を失いたくないのであれば、あとは振りにいくしか
ない。だから僕は自分と正面から向き合った。そこから都合のいい嘘を排除した。は
っきり言って、僕はたいしたバッターじゃない。ほかの人から見れば退屈な試合なの
かもしれない。きっとそうなんだろう。

 それでもこれは、ほかの誰でもなく僕らの試合だった。もはやこのまま見送りを続
けることはできないように思えた。失う前から気づいているのに、失ってからそれを
やっと認めるなんてうんざりだった。僕はすでに無意識的に振りにいきはじめていて、
ひどく中途半端なフォームになりつつさえあった。このままいくとバランスを崩してしま
いそうな気がした。どうせ自分をコントロールできなくなるのであれば完全に打ちにい
ったほうがいい。たとえ、巧く打てなかったとしても。
 その日、打席に立った僕は、自分のなかに眠っていた情熱を呼び起こしてフルスイ
ングをした。素直に。ストレートに。観客は誰もいなかった。僕ら二人だけだった。打撃
は柔らかな和音を響かせて返ってきた。それは僕の求めていた音だったと思う。その
瞬間、たぶん僕は前より幸せになった。

 10割バッターがフルスイングをして、僕らのボールは飛びはじめた。着地点がどこに
なるのかわからないけど、高く長く飛んでくれればいいなと思っている。

 


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March 17, 2007

ひとり会議議事録


 角膜炎と血膜炎を併発した。弊社調べによれば、これはかなり厄介な症状だ。
なにしろ目がひどく赤い。赤目プロくらい赤い。赤目プロを知らない人は「白土
三平全集」でも読んでくれ。おすすめは「カムイ伝」かな。まあいいや。とにかく
僕の右目はひどく赤くなっていて、秘められた何かしらの能力が覚醒したかの
ような仕上がりだった。レーダーに敵影なし。レーダーに敵影なし。
 午後になってだいぶ落ち着いたけど、腰痛が東洋医学的な一撃によって治っ
たと思ったら、今度は右目だ。最近の僕には異変が多発している。ひとり繁忙
期なのかもしれない。あるいは、何かを変えるときがきているのかもしれない。

 慣れ親しんだスタイルを変えるのはなかなか難しい。で、僕はお得意の自分
との対話をはじめた。自分と対話しながら、これからどうしたいのか、何をしたい
のかと考える。ひとり会議。僕は年に何度かまとまった休みをとってこれをやる。
テーマはそのときによってさまざまだ。最近では今月の頭にやった。変わって
いると思われるならそれでもいい。とにかく僕はそれをやるわけだ。着席。遠慮
のない意見を聞かせてくれ。僕と僕。俺と俺。僕と君。俺とあんた。どれにした
って、ふたりでひとりだ。隠しごとはナシにしようぜ。あんたのことは昔からよく
知ってるからな。その癖もスタイルも。ここが見直しの時期かもしれないってわ
けだ。さあ、話し合おうぜ。時間はいくらでもあるからさ。

 イメージ。まずは想像することからはじめる。で、その景色のなかに身を置い
てみて、どんな気分がするのかと考えてみる。なるほど、こういう感じか。それ
がそうなりうるかもしれない僕の姿であり、君の姿というわけだ。それから、得
るものと失うものを秤にかける。バランス。どちらがいまの自分にとって大切で
あるのか。どちらが今後の自分にとって必要であるのか。賛成票と反対票。僕
の場合は反対票の方があっさり受理されやすい。なぜなら、反対票であれば
現状維持でいいから。賛成票の場合は厄介だ。あんまり考えたくないくらい厄
介だ。だから、しばらくはそこから目を逸らす。目を逸らしてはいられない状況
になるまでやり過ごす。やがてそのときが来てしまったら、僕は大抵こう思う。
なるほどね、と。

 イメージが済んだら、自分の考えを整理して再確認するために書きはじめる。
まずはノートを用意してくれ。ノートの種類はなんでもいい。コクヨとか、コクヨと
か、コクヨとか、どれでも好きなやつを選んでくれ。僕はべつにコクヨの回し者で
はない。うん、そのへんで売ってるやつでいいよ。ペンを手にしたら議事録的に
ひとり会議のもようを書きはじめる。僕の場合なら、今まさに書いているような
文章を書きはじめることになる。でもまあ、文体はどんな感じでも構わない。書
き終わったら、それを読み返してみる。それでいくらかは自分の現状を再確認
することができるはずだ。それでもすべての考えはまとまらないだろう。人は悩
み、迷う生きものなので。「人間は考える葦である」って言ったのは誰だっけ?

 だから僕は考える。また、考える。


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January 26, 2007

ずっとそれを見て育った


 兄はPCの前で少し難しそうな顔をして、それから次の一打をクリックした。休日の
兄はいつも、天気が悪くなければサッカーに出かけていく。その日は雨で、僕ら兄弟
は二人とも家にいた。カーテンの向こうでは微かな雨音がつづき、室内は篭った明る
さに満たされつつあった。最近、兄は麻雀に夢中だ。空いている時間にはいつもオン
ラインの麻雀をしている。よくもまあ飽きずにやるよねと僕は言った。
「そういう時期なんだよ」と兄は答えた。
「麻雀が?」
「若い頃に好きだったものを、またやりはじめる時期」
「それ、ちょっとわかるな」
「だろ?」
「俺のビリヤードみたいなもんでしょ?」
「そう。しかも、今やったほうが昔よりおもしろい」

 僕ら兄弟はいまだに実家で暮らしている。僕が33歳だということは、もう33年も一緒
に過ごしているわけだ。そのわりには、僕は兄のことをあまり知らない。おそらく僕らは
仲のいい兄弟に分類されるだろうし、暇があればよく話もする。でも、僕は兄の本質的
な部分について何も知らないことに気づいた。こういうのって、ちょっと不思議だ。兄の
これまでの人生においての頂点、それから底辺。いつも何を考えていて、何に悩んで
きたのか。そもそも僕は兄が落ち込んでいるところを見たことがない。
 僕ら兄弟は同じ屋根の下で、同じものを食べて、同じ時代を通って育ってきた。生き
物の生産過程でいえば、ほとんど同じような生き物になるはずだ。でも、人間の場合
はちがうらしい。兄はけっこう人付き合いのいいほうで、面倒くさいと文句を言いながら
も人に誘われれば出かけていく。そんな兄ではあるけど、人間関係をけっこうドライに
捉えているのではないかと僕は思っている。それに対して僕は人付き合いがいいほう
ではないし、周りからドライだと思われがちだが、根本的には正反対のタイプなのでは
ないかと思っていたりする。自分でそういうふうに修正してきただけで。
「本当の麻雀じゃないとさ、振り込んでもいい気になるからなんでも切っちゃうんだよな」
「それだと上達しないじゃん」
「言えたな。真面目にやるわ」
「いや、俺はべつにどっちでもいいけどね」

 僕は兄のことを「兄」と呼ぶ。目の前に座っているこの人物に僕は少なからず影響を
受けてきたのだと思う。言ってみれば、これは弟であることの宿命だ。幼い頃はなにか
につけては兄と一緒に遊びにいったものだし――たいてい兄の友人に泣かされた――
70~80年代の文化のほとんどを僕は兄から吸収した。草野球があり、空き地ではビー
玉大会が催され、道路ではローラースケートの音が響き、部屋には不恰好なラジカセが
あった。小学生の頃から洋楽を聴いていたのも兄の影響だ。a-ha、カルチャークラブ、デ
ュラン・デュランにビリー・ジョエル。シカゴ、バングルス。僕はいまだにときどき、ビリー・
ジョエルやバングルスを聴く。過ぎ去った時代の過ぎ去った音楽。兄はまるで僕を導くよ
うに新しいものを取り入れてはそれに飽き、僕は僕で兄が飽きたものに執着をつづけて
いった。
 兄は作文が巧かった。いつだったか兄は脚本家になるというようなことを言った。兄の
宣言は我が家ではちょっとしたニュースだった。母はいまでもそのコメントを覚えている。
おそらく子供たちがはじめて将来の目標を口にした瞬間だったのだろう。兄の宣言は実
行されない宣言として、そのまま何年も家に残りつづけた。それは果たされることのない
家族旅行のようなものだった。誰もが計画を知っていて、いつかはそこへ行くんだろうな
と思っているような。計画は計画のまま時間だけが過ぎていった。兄の旅立ちの準備は
いっこうにはじまらないように思えた。それは兄なりの長いモラトリアムだったのかもしれ
ない。やがていつしか、弟が兄と同じ宣言をした。それ以来、我が家でのそのポストは
僕のものになり、兄は脚本やものを書くということについては何も言わなくなった。

 20歳くらいを過ぎた頃から、身のまわりの人間関係において、僕は「弟」でいることが
できなくなった。なぜかまわりから「落ち着いてる」とか「大人っぽい」と言われるように
なる。その頃から僕は、友人・知人の関係においての「弟」という役割を捨てた。どちら
かといえば「兄」のような立場でいるほうが関係性をスムーズに築けることに気づいたか
ら。それが僕の本質であるのか、後天的に身につけていったものであるのかはよくわか
らない。おそらく、僕がいまだに弟でいられるのは家のなかだけだ。僕にとって、実家の
心地よさというものは、いまだに弟でいられることと関係があるのかもしれない。もしかし
たら僕は、いい年をしてまだ完全には兄離れができていないのかもしれない。
 僕ら兄弟はときどきメールを交わす。それはたいてい、「帰りにコーラ買ってこい」とか
「ついでにラークを買ってきて」とかその程度のものだ。メールの返信がなかったり、兄
が買い物に行ったきり帰ってこなかったりしたときのことだ。僕はごく稀にではあるが、
事故にでもあったのではないかと心配する。兄が死んでこの世からいなくなったところ
を想像してたまらない気持ちになることがある。
 それから僕はこう思う。馬鹿馬鹿しい、と。

 普通の家族であれば、僕ら兄弟はとっくに離れて暮らしているはずだ。だから僕らも、
いずれは別の場所で生きていくことになるのだろう。いつかは兄も家庭を持つのだろう
し、僕も誰かに出会うのだと思う。離れて暮らすようになった兄弟が変化していくさまを
僕はまだ知らない。すっかり疎遠になるのかもしれないし、いまと変わらない兄弟であ
りつづけるのかもしれない。あるいは、そのときになってはじめて、いまより兄のことが
わかるようになるのかもしれない。
「この麻雀、絶対にトップとれねえよ」
「さて、俺もそろそろはじめるかな」
「なにを?」
「信長の野望オンライン」
「おまえはほんと、昔っからゲーマーだよな」
「兄、人のこと言えねえし」


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January 15, 2007

イガラシ式現代病


 スモーカーが迫害される昨今、煙草を片手に更新してみる。なぜだかはわからな
いけど、僕が親しくしている人はスモーカーが断然多い。先日このブログにときど
き登場しているイガラシさんの家に行ってみたところ、“煙草をやめられる本”など
というものが置いてあり、イガラシさんは煙草を吸う僕に向かって「煙草を吸うヤツ
なんて死んでしまえ! 低脳だね! バカだね!」と言いながら、当然のように自
分も煙草を吹かしていた。おそらく、僕の前にいたイガラシ(敬称略)は無駄な読
書をしていたのだと思われた。お気の毒。

 そんなイガラシさんは相変わらず彼そのものであり、久々に会ったのにもかかわ
らず「女の子紹介してよ!」とか声高に言われる。「いやいや、俺もソロなんですけ
ど」と返答してみたが、「そんなの関係ないよ! 周りの女の子紹介してくれれば
いいじゃん!」とか東京的な語尾で身を乗り出してくる。ついでに「duzzくんにはあ
げないけど、俺ひとりでサーモン丼を食べる」などと宣言し、ひとりで手製のサーモ
ン丼を食べはじめる始末。サーモンの上にたっぷりタマネギを乗せて。僕はいまで
もあのタマネギの匂いを思い出せる
 イガラシさんは分析が大好きな男である。かつてはイガラシ式恋愛ロジックという
名で僕を恐れさせた長広舌を得意としている。常に序章から入るのが彼のスタイ
ル。最近はこれといった恋愛もないらしく、ついに分析するものがなくなったのか、
イガラシさんは僕についての分析をはじめた。サーモン丼を食べながら。

「duzzくんはあれだよね、こう、どっか心を閉ざしてるよね。
普通に人と親しくなるのはうまかったりするけどさ、なんて
いうか現代病? そういうのってどうかと思うよ~。女の子
とかもさ、そういうduzzくんの態度は困ると思うんだよね~、
うん。なんていうか‥‥現代病?」
「現代病、お気に入りのフレーズっすか?」
「そうやってまた話をそらす」
「そもそもイガラシさん、俺と周りの女の子の関係知らない
じゃないですか。いまは別の部署にいるし」
「その周りの子を紹介して。タマネギ臭くない?」
「じゃっかん」
「じゃっかん‥‥かっこいい~」
「えっ、バカにしてます?」
「サーモン安かったんだよね」
「いや、確かにその傾向はありますけどね。でも開いている
人には開いてると思うんですが」
「だから~、現代病?」

 そのようにして、僕は現代病にされた。この会話の骨子は主にイガラシさんが
「現代病」というフレーズを連呼したかったのだと思われ、僕はその叩き台にされ
たようだった。イガラシさんの話は当然まだ終わらない。

「だいたいさ~、職場に女の子たくさんいるんでしょ? 何も
ないほうがおかしいって。普通さ~、気になる子とかできる
でしょ?」
「普通にかわいい子はいると思いますけどね」
「でしょ?」
「いい子も多いですけど。でも、だからといって。年齢も離れ
てますし」
「関係ないよ!(イガラシさん40歳)」
「同じ職場ってのも微妙じゃないですか?」
「関係ないよ!(イガラシさんほぼ無職)」
「紹介した場合、イガラシさん受け入れられるかなあ‥‥」
「関係ないよ! そこは俺がなんとかするよ!(イガラシさん前向き)」

 う~む、この人に女の子を紹介していいものなのか。個人的な評価では、非常
に癖があり、厄介ではあるけれど独創的な魅力を兼ね備えている人物だと思う。
つい最近では、イガラシさんは僕に対してひどく腹を立て、電話で呼び出されたう
えタイマンでの話し合いが行われ、僕も久々にじゃっかん熱くなったが、最終的に
は双方に誤解があったということで和解を迎えた。ちなみに言っておくと、人と向き
合って口論なんぞをするのはやたら久しぶりだった。最高に面倒くさがりである僕
が、そういうことがあっても付き合いをつづけているということは、やはりイガラシさ
んにはなんらかの魅力があるのだろうと。

 僕はいまだかつて、女の子を紹介されたことも紹介したこともない。その記念す
べき第一号になる人がイガラシさんでいいのか? 最近、僕の職場は以前に比べ
てずいぶんと親しさが増し、我々オッサンチームの間では彼女たちを評して、「いや、
マジでいい子たちだよね。いい意味ですげえマトモ」などという会話が飛び交ってい
る。職場で恋愛ネタになったときなど、あまりにも僕とかけ離れた恋愛観――かなり
の確率で嘘偽りなく――を聞かされるので、「もうほんとに幸せになって」と心から発
言したところ、「お父さんみたい」などと言われるduzz33歳。杉並産。そんなわけでい
まや兄的な立場をすっ飛ばして父親的な立場にまで登りつめた僕が、愛着が沸き
はじめた彼女たちにイガラシさんを紹介していいものなのか?

 ‥‥却下します。ごめんね、イガラシさん。


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January 11, 2007

そこにある景色


 職場の喫煙所には背の高い大きな窓があって、そこから新宿の裏側の住宅街を望
むことができる。僕は一日に何回も喫煙所に行くから――さながらスモーカーのアウ
シュビッツ――同じ街の同じ角度を何度となく確認することになる。僕が働くフロアは
高いところにあるので、窓から見える景色の半分以上は空だ。遠くにはくっきりと地
平線が見えて、その左右を這うようにして霞んだ山々。地平線から手前にかけてはミ
ニチュアのような建物が適当に配置されたみたいに四方に広がっている。よく晴れた
日には、風に流れる大きな雲が地域に影を落とし、その影がペーパータオルで拭き
取られた水みたいにすっと消えていくさまを見ることができる。僕はその瞬間がちょっ
と好きだ。

 その日の夕方、いつものように街を眺めていて、昔あの辺りは家族で歩いたことが
あるなと思い当たった。なんの用事で出かけたときだったかはわからない。とにかく
家族で歩いたことがあったはずだ。父と母と兄と僕で。記憶というものはときどき、ふ
いに訪れて人を落ち着かない気分にさせる。いまにして思うと、僕の家はみんなで
出かけることがとても少ない家族だった。思い出せるかぎり、家族四人で旅行に出か
けたのは一度だけだったと思う。親戚の家へ顔を出すときにはたいてい父はいなかっ
たし、毎週のように足を運んでいた祖父の家にはいつだって父の姿はなかった。まだ
幼かったから気にしていなかったが、当時から僕の家族は問題を抱えていたのかもし
れない。父の日々はすでに下降線をたどりはじめていたのかもしれない。
 鮮明ではない当時の記憶を思い返すうちに、僕自身が僕自身の子供を連れて歩く
日が来るのだろうかと思った。ありえそうもない話だ。そんな光景をリアルに思い浮か
べることができなかった。おそらく僕は準備に欠けているか、破綻した夫婦を近くで見
すぎてしまったのだろう。良いイメージが浮かばないものはたいていうまくはいかない。
だから、暮れゆく街を眺め、過ぎゆく現在をただ見つめていた。傾いた陽が建物を淡
い朱色に染めると、いくつかのビルが小さく瞬いた。
 それにしてもあれは、もうずいぶんと昔の話だ。たぶん目的のない人生というものは
あっという間に過ぎていく。目的があっても叶わない人生も同様に。あるいは望みど
おりの人生を生きていても同じことなのかもしれない。なにかをはじめなきゃなと思っ
た。きっと、こうして考えたことさえも、いつかどこかでふと思い出し、あれからずいぶ
ん時間が経ったなあと思うのだろう。「人生はあなたを待ってはくれないのよ」。いま
読んでいる小説の台詞だ。時間にはかぎりがあり、人生は待ってはくれない。

 今年最初の出勤の日、僕が考えていたのはおおよそそのようなことだった。その日、
職場での最後の煙草に火をつけた頃には、外はすっかり暗くなり、背の高い大きな
窓は景色よりも僕自身を映し出していた。早急な結果を求めたり、焦って思考だけを
足早に進めたりすると心のバランスを崩すことを僕は知っていた。メンタルによって日
々の彩りの見え方は変わってくる。そのくらいのことがわかる程度には年を取った。
目を背け過ぎず、目を向け過ぎず、バランスを保って行動すること。日々に小さな楽し
みを見出しながら、少しずつでもやるべきことをやろうと思っている。時間にはかぎり
があり、人生は待ってはくれない。人生は父がふたたび浮上するのを待ってはくれな
かった。だから? 結局のところ、人は自分のペースでしか歩めない。


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December 09, 2006

魚群探知機は夢見る


 夢は見るか。

 僕はいまだに夢を見る。新宿の街なかで。音楽を聴きながら、現実から離れて。
いつかたどり着けるかもしれない風景を夢見る。目に映る現実世界では夜の高層
ビルが舗道を見下ろし、冬の装いをした人々が駅へ駅へと歩いていく。街灯から
漏れる薄明かり。マフラーにコート。いくつもの白い吐息。僕も同じように駅へ向か
って歩く。それでも心は別の場所に向かっている。何年か先の景色を思い描いて
いる。


 夢は見るか。

 すっかり見慣れた日常のなかで。変わらない毎日のなかで。社会人であることと、
家庭を持つという責任のなかで。人は想像する生きもので、それは誰にも止められ
ない。違う場所に立っている自分の姿が思い浮かぶのなら、それは動きたがって
いるということだ。仕方がないと思うこともできるし、そこから歩もうと思うこともでき
る。そんなとき、僕ははじめる。いくらかの恐れを抱きながらはじめる。自分の能力
では通用しないのではないかと思いながらもはじめる。そうしないことには、何もは
じまらないことを知っている。


 夢は見るか。

 あなたの街の片隅で。イルミネーションと高層ビルのなかで。自然に囲まれた景
色のなかで。電車を待つ駅のホームで。車のなかで。カフェのテーブルで。職場の
ブースで。ひとりきりの部屋で。大勢の友人たちや知人たちのなかで。恋人と過ご
す時間のなかで。家族を待っている家で、待っている人がいる帰り道で。多くの冴
えない気分の朝と、ときどき訪れる悪くない朝のなかで。その日最初のドアを開け
た、あまりにも小さな世界の果てで。


 夢は、見るか。


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November 17, 2006

いつか髪を切る日


 そんなこんなで、もはや年末になろうかという気配だ。今年一年を振り返ってみたりする手もあるが、後ろを向くとロクなことにならなそうな予感がするのでやめておくことにした。バックミラーのない人生で。事故った場合はお気の毒ということでどうぞよろしく。とりあえず、現在のBGMはDovesとTravis。秋冬には最適な音楽かと思われる。しっかし、なんだかんだいっても僕はUK路線が好きだな。昔っから聴いているので、どのバンドを聴いても身体に浸透するのが早いらしい。英国人に生まれるべきだったのかもしれない。この考えは確実にまちがってるけど。なぜなら、英国には蕎麦がない。東京には空がないくらい、英国には蕎麦がないわけで、ついでに言えばほとんど味覚障害的な国だと思われた。冷静に考えると不思議な国だ。なぜあの味でみんな黙っているのか? 紳士的であるにもほどがある。

 まあいいや。だって僕は英国人じゃないし。どうでもいいけど言ってみた。え~、英国と言えば、来月に英国人であるジュリアン・バーンズの新刊「イングランド・イングランド」が発売されるもよう。これ、けっこう楽しみ。この人、久しく本を出してなかった気がする。そして、最近ようやく「アフターダーク」を読んでみた。「ねじまき鳥」以降、もはや急いで手にしなくてもいい作家になってきた気配すらあり。相変わらず巧いし読ませるけど――短いのであっという間に終わった――現在を描くと違和感があるなあと。ついでに言えばお得意の比喩や誇張にやっつけ感がちょっとあった気が。毎回同じことをやってると本人は飽きるだろうけど、読者はおそらく以前のタッチを求めているわけで、そのへんが作家も難しいんだろうなあと思った。「風の歌を聴け」くらいからリアルタイムで追っている人たちの中には、ここ2・3作で見切りをつけそうな感じさえある。いや、僕は読むけどね。新刊ですぐに手にしなかったとしても。

 いつか機会があったら、髪を短くしようと思っている。それはたぶん、僕のことを誰も知らない場所に行ったときの話で、いつの日になるのかわからない。そもそもそんな日が来るのかどうかさえ知らないが。僕のことを誰も知らない土地であれば、「いや、俺は最初からこの髪だし」って余裕な顔をしていられるし、「うわっ、その髪型はないでしょう」と言われる危険性もないわけだ。リスク回避。うん、クレイジーな父が死んで、東北方面の冴えない家を相続した場合にはその作戦で行こう。そして、短い髪で釣りをしよう。夏には素足で川に入ろう。平気な顔で煙草を砂利道に捨てよう。無駄に家と家の間隔が長い道を歩いて、やたら星が見える夜空を見上げてみたりしよう。仕方がないから、ときどき父を思い返そう。いつか、その土地で誰かと親しくなったらこう言おうと思う。「俺、昔はけっこう髪が長かったんだよね」と。


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