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3 posts from February 2005

February 20, 2005

若者との対話


 duzzさん、マジなんにもないっすよ。おもしろくないっすよ。

 都内某所のサンマルクカフェにて。22歳の友人との会話。今年で32歳になる
僕とは10年も差があることになる。冒頭の一文は、「で、君の将来的ビジョンは
どんな感じ?」という問いに対する答え。なんにもないらしい。彼いわく、あえて
言うなら現在はNBAのドラフト待ちだそうだ。それ、ドラフトニ順目指名でさえ危
ういと思うね。うん、弱小ボブキャッツでも無理。

 僕は人と話すのがそれなりに好きだ。彼と二人で真面目な話しをするのはは
じめてだったので、今回の対話はけっこうおもしろかった。興味深いなあと。彼
は22年生きてきて、「これになりたい」と強く思うものが何もないと言っていた。
不思議だ、僕には考えられない。僕は31年生きてきたが、“思う”だけならいろ
んなものになりたいと思ってきた。まず、脚本家。小説家、ギタリスト、役者、カ
メラマン、画家、詩人、映画監督、日本人初のNBA選手、アーセナルにおける
ベルカンプ的なプレイヤー、革命指導者(我らに力を!)、ウッドストックに参加
した若者、ニュータイプ、魅力的な女の子の恋人、その他いろいろ。

 彼は「いまどきの若者っすよ」と自らを評していた。補足を入れておけば、彼は
退屈な男ではない。僕は彼が気に入っているし、とてもいいヤツだと思っている。
彼はヒップホップが大好きだ。なので、「音楽やればいいじゃん」と言ってみたと
ころ、「いや、歌は無理っす。気まずいっす」という答えが返ってきた。“気まずい”
の使い方の意味がいまいち不明だが、まあそれはそれで良しとしよう。何かをは
じめてみたい気持ちはあるが、何をすればいいのかわからない。たぶん、言葉で
いうほど日々に退屈してるわけではないんだろう。きっと、それなりに楽しんでは
いる。恋人がいるし、「マジ眠いっす」といつも連呼しているようにオールで街に
繰り出したりもしている。それでも、なんとなく何かものたりない。満たされない。
そういう感じなんだと思われる。

 僕らは彼の可能性について話し合い、それに比べれば小さくなりつつある僕の
可能性について話し合った。お互いに連鎖的に煙草を吹かし、沈黙が訪れること
もなく話しを続け、ところどころで相槌の代わりに冗談を入れた。彼はホットコーヒ
ーを飲んだ直後にミックスジュースを頼んで――ジューサーがそれをミックスする
あいだ、彼は嬉しそうにずっとニヤついていた――、僕は一杯のアイスコーヒーを
ゆっくりと飲んだ。

 店が閉店時間を迎える頃、僕らは挨拶を交わして別れた。22歳、素敵な年頃だ。
西新宿の地下通路を歩きながらそんなふうに思った。何もしないで終わるのはもっ
たいないと感じてしまうのは、たぶん僕がオッサンになっているからなんだろう。
22歳、まだ何でもはじめられる年齢だ。その気になれば空だって飛べるさ。その
くらいの可能性が彼の目の前には広がっている。いつか、彼が“なりたいもの”を
思い描けるようになればいいなと僕は思う。

 帰宅して、いつもの見慣れた部屋。僕は今日もこうして文章を書いている。きっと
彼のようなジレンマを抱えている若者はたくさんいるんだろう。世の中は複雑で、自
分の好きなことがわかっていても、それさえ自由にできない人だっている。人は大人
にならなければならないし、大人になるためには何かを捨てなければならないことも
ある。恋人と結婚するために役者をやめる人がいて、家庭の事情でギターを手放す
人がいる。社会的には明らかに間違ったポジションにいるんだろうけど、そういう意味
では僕は恵まれているのかもしれない。勝手な言い草ではあるけど、そうした人たち
の分まで、僕はこの乱雑な部屋から夢を見つづけよう。僕が想像した物語がいつか
形となって、人々に届くことを願って。


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February 16, 2005

君が正しかった夜


 今日も、僕の部屋ではBadly Drawn Boyが響いている。

 音楽のある休日。素敵だ。なんだか最近はけっこう時間がなくて、今日は久しぶ
りの連休初日。去年まで毎週のように連休を確保していたのに、今年からはそうは
いかないようだ。いつもいつも思うんだけど、自由な時間がないと人は確実に腐って
いく。僕の場合はまずイメージが沸かなくなる。そして、ものが書けなくなる。終いに
は「寝なけりゃいいだけじゃねえか」と思い、翌日ものすごく後悔する。とっても眠か
ったりする。なぜなら僕はもうオッサンなので。お気の毒。

 前にも書いたけど、僕はひとりの時間がないとダメな生き物である。いや、友人と
話したり、みんなで遊んだりするのもそれはそれで好きなんだけど、できれば週に
一度はひとり時間を確保し、それを体内に充電しないとすぐに日々にうんざりしてき
たりする。なので、この連休は誰にも会わず、ほとんど誰とも連絡を取らずに過ごす
ことにした。ひとりでいることって自分との対話でしょう? これって必要なことだと思
うんですよ。人生において、いちばん長く付き合っていくのは自分だから。現状把握。
自分はいま何をすべきなのか。僕はいま何を求めてるのか。そうしたことを、音楽を
聴きながら、煙草を吸いながら考える。

「で、君はなにがしたい?」
「おもしろい脚本を書きたいね」
「書けばいいじゃん」
「書けないから困ってるんだけど」
「つまんないの?」
「つまんないね、つまんないから書いても途中でやめる」
「君の脚本に足りないものが何か知ってる?」
「構成力?」
「ついでに言えばキャラが立ってないね」
「それか」
「それだよ。脚本以外の問題点は?」
「とくにないかも」
「すでに恋人と別れて一年が過ぎてるけど、ひとりでいいのかい?」
「ときどき恋人が欲しいと思うときもあるけど、正直、いまはそれほど必要として
ないな」
「ひとりの方が楽?」
「だね。いまこの瞬間、素敵な女の子が誘ってくれても出かけるのめんどうくさい」
「重症だな」
「その子がピアニストか役者か薬剤師だったら出かけてもいいかも」
「‥‥重症だな。薬剤師とか言い出すあたりが」

 と、まあこんな感じで自分との対話に時間を費やす。そうすることで普段見えていな
いことが見えてきたりする。これが僕の正しい休日の過ごし方。場所は家でもいいし、
街でアイスコーヒーを飲みながらでもいい。とにかくじっくりと腰を据えて自分と対話す
る。あんまり考えすぎると、考えすぎで裏目に出る場合もあるけど。
 たとえば、イガラシさん37歳。これまでの詳細は過去ログで。先日、イガラシさんに
「最近、どうですか?」とメールしてみたところ、こんな返事がかえってきた。

 ポジティブ。
 ポジティブ。
 ポジティブ。
 そう唱える毎日です。

 明らかに考えすぎな人発見。思考的ベトナム化。衛生兵を呼んでくれ。その後、イガ
ラシさんはずいぶん時間が経ってから彼女にメールをしたらしい。が、返事はかえって
こなかった。まさにノーリアクション。終わった感濃厚。お気の毒。
 だからはやく連絡しろって言ったのに。恋愛ってのはタイミングが重要くさいしね。彼
女にとってのイガラシさんは、時間という概念に薄められ、ひどく水っぽくなって、「あれ、
私なんでこんなもの飲んでたの?」って気分にたどり着いてしまったのかもしれない。
彼女はたぶん、もう同じものを注文しない。イガラシさんにとっては悲しいことではある
けど、おそらくそれが現実だ。
 元気出しなよ、イガラシさん。そんなこともあるさ。世の中にはきっと、イガラシさんに
ぴったり合う女の子がどこかにいるはずだから。それまでは音楽でも聴いてやりすごし
な。そう、僕らには音楽がある。R.E.M.がいて、Badly Drawn Boyがいる。あまりにもつ
らいなら話くらい聞くぜ。今日はイガラシさんにこの歌を贈って終わりにしよう。
 Badly Drawn Boyで、「君が正しかった夜」。


 覚えてるよ、シナトラが死んだ夜は何もしてなかった
 それからジェフ・バックリーが死んだ夜も
 それからカート・コバーンが死んだ夜も
 それからジョン・レノンが死んだ夜も
 覚えてるよ、
 ずっと起きててみんなと一緒にニュースを見てた
 思えばたくさんの夜
 思えばたくさんの命
 自分に必要な切符を失ったのは誰だろう?

 で、僕が必死に答えを探してるあいだ、
 きみは普通に日々を送ってた
 昔からきみをワイフにしたかった
 でも僕はなかなかうまいタイミングで聞けなくて
 歌にして適当にごまかしてた 

 歌は決して答えにはならない
 人生のサウンドトラックにすぎない
 あっという間に終わってしまう
 昼が夜になるのを助けてはくれるけれど
 その間ぼくは間違っていて、きみは正しかった


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February 05, 2005

都会の木こり


 時計が朝の時を刻んでも、まだ空が夜に包まれている頃、木こりは目覚める。
若い木こりは規則正しい生活を好む。カーテンを開けると、眼下には高台から望む
街並みが広がっている。今日も家々は寝静まり、連なる街灯が間もなくやってくる
夜明けの訪れをほのかに告げている。木こりは煙草に火をつけて、人々の生活を
夢想する。そこには愛があり、家族と呼ばれるものがあるのだろう。ときにはその
想像の中に自分の存在を交えてみることもある。これが木こりの朝の儀式だ。
 
 木こりは別の生き方を知らない。木こりは自分を取り巻く世界のルールに沿って
“木こり”になった。自らの手でこのログハウスを仕上げたとき、木こりは一人前の
男として大人たちに認められた。それは痛みを伴う作業だった。丁寧に髭を剃り、
父の形見のオーバーを着込むと、斧を片手に家を出る。
 若い木こりは北西の森の管理を任されている。重い足取りで道をゆく。覆い茂っ
た木々の中に、ところどころに切り株が見える。朽ち果てた夢。木こりはふと思う。
ほかの生き方もあるのではないかと。この道を引き返し、斧を手放して、街に降り
てしまえばいい。それでも木こりの足が止まることはない。長年の習慣が、世界の
ルールがそれを許さない。

 北西の森にたどり着くと、木こりは木々の痛みぐあいを調べてまわる。夜明けは
すぐそこまでやってきている。木こりはそれまでに判断を下さなければならない。
この木はまだ夢の重さに耐え切れるのかどうか。夢の重さに耐え切れなくなった木
は腐りはじめ、音を立てて崩れ落ち、叶わなかった夢だけが深い後悔の念となって
いつまでもその根に残る。木こりの仕事は、そうした状態に陥るまえに斧を入れ、
彼らの夢を断つことだ。
 
 木の幹にしっかりと耳を当てて目を閉じる。木の呟きが聞こえてくる。“木こり”
には木々の資質を見抜く能力が要求される。この木は迷っている。やがて夢の重
さに耐え切れなくなるだろう。木こりは一歩下がると、両手で斧を高く掲げ、鋭く振
り下ろす。その音に呼応するように、森のあちこちから木を刈る音が響きはじめる。
今日もまたいくつかの夢が断たれ、現実に返ろうとしている。いくらかの迷いが木
こりを捉える。もしかしたらこの木は夢の重みに耐えられるかもしれない。両手に
握ったこの斧が、いつしか叶うはずの夢を殺しているのかもしれないと。木こりの
心は痛む。木こりはただ、斧を振り下ろす。

 仕事を終えると、木こりはひどく憔悴している。痛みを抱えたまま森を抜け、崖の
手前に堂々とその根を広げている巨木の元へと向かう。この木は父の代からそこ
に存在している、強い資質を持った樹木だ。すでに老衰期を迎え、彼の夢がもう叶
うことはない。朽ち果てるよりはと、木こりの父が何度か夢を断とうとしたが、巨木
はその度に斧を受け入れることを拒んできた。

 巨木に背中を預け、木こりは煙草に火をつける。木こりはこの木に誰よりも愛着
を覚えている。頭上では枯れはじめた葉が木こりに優しく影を落とす。見下ろす街
ではすでに朝が訪れ、喧騒が空に向かって舞い上がっていく。木こりは瞳を閉じる。
耳元から呟きが聞こえてくる。やあ、元気かい? 

「どうかな? ずいぶん疲れたよ」
 私は君より長く生きてるけどね。
「そうだね、叶わない想いを抱えたまま」
 そんなもんさ。
「僕は木こりのままでいいのかな?」
 資質を見抜くのが君の仕事だろ?
「わかってるけど」
 せめて、私が朽ち果てるまでは木こりでいてほしいね。
「それがいちばんつらいな」
 君のお父さんもそう言ってたよ。
「親父とはちゃんと向き合って話したことなかったから」
 そっくりだよ、君とお父さんは。
「親父は死ぬまで木こりだった」
 それは君自身が決めることだ。
「僕が木こりでいれば、明日もあなたに会えるかな?」
 生きてれば。君が木こりでいたければ。
「生きてるよ」
 もう一日がんばってみよう。
「じゃあ、また」
 また。元気でね、木こりさん。


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