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4 posts from March 2005

March 29, 2005

議会招集


 僕らに足りないものはなんだろう?

 これが、その日の僕の論点だった。が、僕の向かいに座っている男は普通の男では
なかった。議会は、間もなく歴史の幕を閉じようとしている談話室・滝沢でおこなわれ
た。壇上では、僕の知るかぎり最も饒舌な男・イガラシ議長が猛威を振るっていた。招
集された議員は僕ひとり。イガラシ議長はテーブルに身を乗り出し、確実に僕のスペー
スを侵食しつつあった。僕が背もたれに身を引くたびに、「ちょっと聞いてる?」、「なん
か言ってよ」、「またそうやって遠くを見てる」などと口撃をしてくる。僕は自分の論点に
話を持ち込みたかったが、イガラシ議長は簡単にそうさせてくれる男ではなかった。そ
のようにして、男たちの熱き論争がはじまった。

 ここを見てくれているみなさんはご存知かと思うが、イガラシ(敬称略)は失恋をした
ばかりだった。いや、ばかりでもない。もう3ヶ月くらい過ぎている。僕にとってそれはも
う古いネタだったけど、イガラシ(敬称略)にとってはまだまだホットな話題であるようだ
った。彼にとっては非常に不可解な失恋であったらしく、彼はそれを乗り切るために自
分なりの理論を構築してきていた。ままならない世界を生き抜くためのロジック。そうす
ることでしか、このさき誰かを深く想うことができないとでもいうように。心を理論で再武
装した彼は強敵だった。僕の反論にもめげなかったし、痛いところを突かれたときは
「バァーカ、バァーカ」、「いいよ、もう‥‥」とかいう稚拙なバリエーションで窮地を切り
抜けた。

 確かにそのロジックは誠実なものだった。本気で誰かを好きにならないかぎりたどり
着けないものであったことは認める。消せない記憶、この飽くなき探究心こそが愛と呼
ばれるものであるのかもしれない。が、とにかく彼の話は長すぎた。僕は自分の論点
に話を持ち込むために、常に突っ込みを入れなければならなかった。前置きのところ
では「そこ、飛ばしてください」、無駄なディテールにこだわりはじめたときには「それ、
どうでもいいです」、脇道に逸れたときには「で、話を戻しますけど」などなど。そのたび
に彼はお得意の「バァーカ、バァーカ」、あるいは「俺なんか死んでしまえっ」発言で僕
に素敵な疲労感を与えつづけた。ちなみにイガラシ(敬称略)は37歳である。この論争
に4時間ほど付き合わされたが、僕なりに要点をまとめるとこういうことだ。

 女の子の心は変わるものだし、イガラシ式恋愛ロジックは長すぎる。

 滝沢が閉店時間を迎え、僕らは喫茶・西武に場所を変えた。ここでようやく僕の論点
に話を持ち込むことができた。長かったね、しかし。気を取り直して、僕は新たな議題
を二人の間に浮かべた。そう、僕らに足りないものはなんだろう、と。
 イガラシさんは音楽をやっていて、CM音楽などでいくらかギャラを貰っている。僕は
過去に雑誌のライターをやっていたことがあるし、今でもときどき広告のコピーライター
としてギャラを貰うこともある。お互いにちょっとした能力はあるが、そうしたことだけで
は食っていけない。僕らに欠けているものはなんだろう?
 
 自分の意見を述べるあいだ、イガラシさんはまったく冗談を挟まなかった。これほど
真剣に語る彼をはじめて見た。37歳という年齢。正直に言えば、迫りくる恐怖感を抱
えていると彼は言った。その気持ちは僕にもよくわかった。彼はいくつかの言葉を引
用し、恋愛ネタとは違って無駄のないイガラシ式ロジックを展開した。最終的にイガラ
シさんが導きだした結論は、“心のありよう”ということだった。
 僕もその意見には全面的に賛成だった。なぜなら、僕が導き出した結論は“自信”
というものだったから。この対話のあいだ僕らは共鳴していたように思う。この日、イガ
ラシさんが多用した言葉で表現するなら、僕らはぴったりと“コミット”していた。僕らは
30代であることでコミットし、切り開こうとする者としてコミットし、自分たちなりの価値
を見出そうとする者としてコミットした。

 僕らは街のティッシュ配りや、企業のトイレ掃除をする人を賛美した。「自分には何も
ない」とはっきり言える人の勇敢さを称えた。僕らの目から見れば、彼らには嘘がなか
った。それから、僕らはいくつかのささやかな誓いを立てた。常に心を見張っていること、
平気な顔で魂のない言葉を吐く人物にならないこと、誇れるモノを創ろうと努力するこ
と。そして、これからも正直に生きること。

 帰りの電車で、「次に会うときまで、最悪でも二ヶ月は空けましょう」と言ってみたとこ
ろ、イガラシさんに怒られた。イガラシさん曰く、「次に会うのはどれだけ遅くても二ヶ月
後にしましょう」と言うのが正しい表現だったらしい。なるほど、確かにね。最後に、次
はお互いにちょっとした朗報を持っているようにしようと約束した。僕が電車を降りると
き、イガラシさんは「今日はありがとね」と言った。人々が電車を降りてきたので、僕は
返事をするタイミングを失ってしまった。
 え~とさ、イガラシさん。けっこうよく、僕のことを気に入っているって言ってくれてるよ
ね。今まで一度も口にしたことないし、これからも言わないと思うけど、イガラシさんは
ここを見てないから言っておくよ。なんていうか、俺もけっこうあんたが好きだよ。

 実際、つぎに会うのがいつになるかはわからないけど、お互いに朗報を持っていけれ
ばいいなと思う。


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March 23, 2005

逃亡、あるいは思考的散策


 もしこの世界に、悔いなく満喫しなければならない連休があるのだとすれば、おそら
く今回がそれだった。

 四月も押し迫った火曜日と水曜日。そいつが僕に与えられた連休で、僕はひとりの
時間を確保したいがために友人のライブを二つも断っていた。人付き合いのパーセン
テージで言えば、100パーセント自分を優先していた。失礼なヤツだ。でも、僕はそれ
くらい疲れているように思えたし、そのくらい休暇を欲していたように思う。
 そんなわけで、僕は意地でもこの休日を楽しまなければならなかった。初日は引き
こもりくらいの勢いで在宅全開、まずは肉体的な疲れを癒す。二日目になってふらっ
と街へ出る。いまにも雨が降りそうだったが、歩きたい気分だったので気にしないこと
にした。耳元から流れ込むのは素敵な音楽。NO MUSIC, NO LIFE. 音楽のないとこ
ろに人生はない。まずはStrokesから。

 丘の上、そこが僕たちの始める場所
 遠い昔の小さな物語
 気づかないふりはもうやめにしよう
 そうでないと このゲームはいつまでも終わらなそうだから

 電車に乗る。平気な顔で優先席に座った。なぜならそこは誰も座っていなかったし、
僕はそれほど道徳的な男でもなかったから。音楽に耳を傾けながら目を閉じる。電
車のリズムって眠気を誘うね。なあ、運転手さん。どうせならこのまま、ここではない
どこかへ連れていってくれよ。目を覚ましたらメキシコだったりしたら楽しいね。あんた
もじつは各駅停車で退屈だと思ってただろ? 慎重なんて言葉は嫌いだね。石橋な
んて叩いて割っちまおうぜ。なあ、いまあんたがこの電車を支配してるの知ってる?
せっかく地下鉄なんだから、アンダーグラウンドな活動をするべきだ。あんたが支配
者、なんだってできるさ。遠慮すんなよ、俺もあんたに一票入れるから。まずは次の
駅を無視しようぜ。俺があんたならやるね。いや、マジで。平気だって一度くらい。
ちょっとスピードを上げて、ちょっと夢を見ればいいんだ。好きな女の子がいるなら、
さらっていきな。それから線路の先に、ずっと先に、あんたの見たい景色を思い浮か
べなよ。荒野を貫くハイウェイとか、雪の森の夜空に浮かぶオーロラとか。見えてき
た? いいね、その調子。行こうぜ、一緒に。あんたならできるさ。

 電車はふつうに新宿で止まってた。どうやら故障ではなさそうだった。車掌はマイ
クを通して「新宿~、新宿~、です」とか言っていた。デス・マス調? 腹立たしいね、
それ。このようにして僕の逃亡計画は失敗した。ちっ、度胸のない運転手だよ。
 メキシコ行きを諦めて、新宿の街を歩く。そういや着る服がないなと思い当たる。な
ので、服を買うことにする。ちなみに僕は服を買うのが最高に苦手だ。めんどうくさい
し、自分が何を着たいのかいまいちわからないし、ついでに言えば自分の服のサイ
ズがわからない。

 服を眺めているだけで疲れ果てた。めんどうくさいから適当に一着買った。このまま
では休日が楽しくなくなりそうだったので、店に入ってアイスコーヒーを飲むことにする。
しばし読書。素敵なフレーズの数々。それから親しき人たちへメールを送った。読書
に飽きると、音楽に耳を傾けながら外を眺めて過ごした。小雨のなかを車は流れ、舗
道は傘に彩られ、人々は信号を待ち、またどこかへ向かって歩き出していた。街は息
づいていて、目に入るすべての見知らぬ人々は今日を生きていた。悪くない時間だっ
た。おそらく、僕が求めていたのはこういうひとときだ。耳元ではR.E.M.がこんなふうに
歌っていた。

 オアシスへ2万マイルのところで
 2万年 僕は燃え続けるだろう
 2万のチャンスを無駄にして
 僕は変化の時を待っている

 帰りは雨が強くなったので、タクシーで帰った。マンションのエントランスへ入ると、
見知らぬ女の子がエレベーターを開けて待っていてくれた。髪をおさげにした可愛ら
しい小学生だった。念のために言っておくと、僕は幼児愛者ではない。ここで言う可
愛らしいとは、ふつうの可愛らしさを指す。彼女はその小さな背に、赤というよりピン
ク色にちかいランドセルを背負っていた。
 この日、僕の街への散策は彼女との会話で終わる。

「乗りますか?」
「あっ、ありがとう」
「何階ですか?」
「6階。‥‥学校の帰り?」
「学童クラブです」
「へえ~‥‥学校楽しい?」
「はい、楽しいです」
「雨、ひどくなったね」
「うん。靴、濡れちゃった」
「ほんとだ」
「6階に着きました」
 そう言って、彼女は扉を押さえていてくれた。
「ありがとう。じゃあね」
「さようなら」


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March 06, 2005

血はめぐり、嘘は巡る


 父が本を送ってきた。

 表紙に見慣れた名字が印刷されている。なぜならこの人は、生意気にも僕と同じ
名字を名乗っているので。14歳のときに父と母が離婚し、僕と兄は母と一緒に暮
らすことを選びながらも、名前だけは父方の姓を名乗ることにした。理由は簡単で、
母方の性だと下の名前と組み合わせたとき、語呂が悪いような気がしたから。ちな
みに母方の姓はヤマグチだったりする。ヤマグチって。俺が? ないね、絶対ない。
試しに自己紹介してみよう。どうも、ヤマグチです。趣味は稲刈りです。

 そんなわけで、父は聞いたこともない出版社から本を出したらしい。読んだ感じで
はエッセイ集という感じ。文体はどこか開高健のようで、悪い文章ではないが、あま
りおもしろくもない。適当にめくって、流し読みをしたあげく却下した。悪いね、父。
明らかに開高健の「ずばり東京」のほうが上だよ。あんたも俺にこれを読めって言っ
てただろ? ここらで父に一言。おまえこそ読み返せって話。

 僕は根本的に父を信用していないので、じつは自費出版ではないかと疑っていた
りする。以前にも一冊本を出しているが、それも自費出版ではないかと勘ぐっていた
りもする。ここまで僕の文章を読んで、身内を悪く言うなんてと不快に思われている
方もいるかもしれない。いや、ほんとに僕の父はクレイジーなんですよ。前から僕の
HPを読んでくれていた人はご存知かと思うけど、ほんとにろくでもない人物。基本的
にウソが大好きな人で、おそらく病名は虚言癖だと思われる。

 その逸話。父はスーパーカブを購入し、いい歳をして無免でそれを乗り回して――
しかも8年間くらいのあいだ――ついに警察に捕まる。その言い訳。「これは息子用
のバイクで、息子がこっちにきたときに乗ってるバイクだ。今日はたまたま俺が乗って
いた」
 ちなみに僕は、離婚してから一度しか父に会いに行ったことがない。知らない間に
duzz専用カブ。赤く塗るべきなのかもしれない。警察から東京に宛てて陳述書のよう
なものが届き、なぜか僕はそれに捺印をして送り返した。

 さらに逸話。一度だけ父に会いにいったとき、父の知人である醤油作りの名家のよう
なところに連れていかれる。歴史的建造物に指定されているらしい建物は和の情緒に
溢れる家構えで、23歳だった僕は食卓に招かれてちょっと緊張していた。そこの奥さん
と旦那さんとお婆さんがいたように思う。以下、その会話。
奥さん「東京からお父さんに会いにいらしたの?」
僕 「あっ、はい。そうです」
奥さん「遠かったでしょう」
僕 「そうですね、けっこう時間かかりました」
父 「息子はアメリカの大学から帰ってきたばかりで」

 えっ、なにが?

奥さん「そう、アメリカの大学にいってたの」
お婆さん「すごいわねえ」
僕 「ええ‥‥まあ」

 ちなみに僕は、生まれてこのかた米国に渡った記憶がない。父は勝手に得意げな
顔をしている始末。ビールとか飲んじゃってる始末。いや、君さ、息子の前でよく平気
でウソつけるよね。打ち合わせとかそういうのはないのかい? そんなわけでその日、
僕はアメリカ帰りの孝行息子を演じさせられるはめになる。アドリブで。残念ながらギ
ャラは発生しなかった。どうも、ヤマグチです。趣味は稲刈りです。アメリカの大学へ
行ってました。

 父にまつわる逸話はそのほかにもいろいろあって、雑誌の取材を受けたとき、プロ
フィール欄に普通に「早稲田大学卒」(この人、高卒)とか書いてみたり、川で釣りを
しているときに頭上の高圧電流に感電して死にかけたりもしている。あまりの電圧に
足の裏が裂けて、そこから電流が逃げて一命を取りとめた。ちなみに父は子供の頃
からその川で釣りをしていたはず。なぜいまさら高圧電流? ついでに死ねばよかっ
たのに。遠慮すんなよ、きっとあの世も悪くないさ。これ以外の逸話は、ネタを通り越
して本気でシャレにならないくらい迷惑だったので、ここには書かないことにする。

 これでみなさんにも、僕の父が信用ならない人物だということがわかっていただけ
ただろう。この人の存在があってなのか、僕はいつからか、人はそれなりに正直に
生きるべきだと思い到った。そういう意味ではこの虚言的な生物も少しは役に立った。
でも、考えようによっては僕もクレイジーの血を受け継いでいるわけだ。この体内に。
僕という生き物を構成する血管に。
 競馬でいうなら、父ビゼンニシキ×母ネヴァーイチバン=ダイタクヘリオスであるよう
に、クレイジー×母=duzzということになる。なんて厄介な配合なんだ。まさに危険配
合。僕の血管に流れる有害物質が、いつか脳に影響を与えないことを切に願う。

 僕の知人のみなさんへ
 何年後になるかは不明だけど
 僕が「どうも、ヤマグチです」って言いはじめたら気をつけてください


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March 03, 2005

下北沢の夜


 下北沢は僕にとって見知らぬ街だ。足繁くまでとはいかないが、それなりに訪れ
たことがあるのにいまいち体に馴染まない。なんでだろう? 風景が横長のせいな
のかもしれない。僕の生息地は、地元を別とすればほとんどが新宿。新宿は疑い
ようもなく縦長の街なので、僕はきっと上の方向に視線を向けることに慣れている
んだろう。見上げる高層ビル。夜空に欠けた月。煙草のけむり。

 Strokesを聴きながら、駅を出て下北沢の街をゆく。右手にビリヤード店。見たとこ
ろ1階はブランズウィックで統一されている。悪くない玉突き台だ。ラシャはお決まり
の緑色。僕は19歳くらいのとき、玉突き屋で働いていたことがある。ジュークボック
スをかけて、スザンナ・ホフスの声を聴きながらベンチで気持ちよく眠っていたらクビ
になった。正当な解雇だと思う。
 そんな記憶を辿りながらビリヤード店の前を通り過ぎると、唐突にラブホらしきもの
がある。駅前で愛の営み。料金まではちゃんと見なかった。なぜなら、僕にはそこに
入るべき理由が見当たらなかったから。その斜め向かいくらいに、本日の待ち合わ
せ場所、ジャズ喫茶“まさこ”がある。

 中に入ると、ウナバラくんがぼろぼろの「ジャズ名盤」とかいう本を読んでいた。僕
がこの店に来るのは今回で2回目。薄暗い店内は良くいえば家庭的だし、悪く言え
ば防空壕かと錯覚するような内装だったりもした。ユダヤ人が迫害されていそうな気
配もじゃっかんあった。ひとりナチズム(思いつき発言)。それでも長らく人々に愛され
てきた空間であるようだ。確かになんとなく落ち着く。カメダさんのライブまでの3時間
を僕らは語り合った。

 ウナバラくんは22歳だか23歳だ。この日も歳を聞いたけど、どっちだったかは定か
ではない。とにかくまあ、素敵な年頃である。彼はクリエイティブな人生を志す若者で、
年齢のわりにはしっかりとしたヴィジョンを持っている。4月には就職が決まっていて、
彼の学生的モラトリアムもあと一ヶ月だ。僕は彼のデザインした作品集を見せてもら
い、彼には僕のコピーが使われた広告を見せた。で、当然のようにクリエイティブ談
義を開始する。途中でバタートーストを頼んで、ウナバラくんに「食べる?」と聞いて
みたところ、「いりません」となぜか一蹴される。なぜ? コーヒーにはトーストなのに。
仕方ないのでひとりで全部食べた。
 お互いにアイスコーヒーをお代わりして、ほとんどジャズに耳を傾けずに喋り続ける。
それは結局のところ、「どうモノを創るか」というより、「なにを選び、どう生きるか」とい
うところに帰結していったように思う。

 7時くらいになって、二人でQUEに潜入開始。北北西に進路を取れ(いや、普通に入
ったけど)。フロアはなかなかの盛況ぶり。職場の仲間たちとも合流して、僕らは奥の
喫煙コーナーに陣取った。最初に女の子の二人組が出てきて――ちゃんとしたバック
バンドで彼女のヴォーカルを見てみたかった気もする――、次にカメダさんたちが登場
した。カメダさんは今日も楽しそうにギターを弾いていた。ひとりだけ帽子を被っていな
かった。隠れパンク精神なのかもしれない。僕らはカメダさんのライブを見守り、外人さ
んが出てきたところで途中退場した。せっかく外国から来たのに申し訳ない。空腹にな
りつつあったもので。ぜんぜん知り合いじゃないけど一応あやまっておくよ。ごめんね、
キャスパー&ザ・クッキーズ。マイケル・スタイプによろしく。

 帰りに職場の仲間たちと食事をして帰途に着く。刺激を受けたという意味で悪くない
一日だった。思うに、最近の僕は力の抜きどころが少しわからなくなっている。年齢と
ともに、いろんなことを、ほんの少しちゃんとしようとか思うようになっているようだ。そい
つもどうかと思うね。世の中的にはそれで正解なんだろうけど、僕の中では間違ってい
るような気がしないでもない。なにを選び、どう生きるか。それをあらためて、僕の今月
のテーゼにしようと思った。


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