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6 posts from May 2005

May 28, 2005

兵士の墓標


 勇敢に挑み、死んだ。

 彼の墓標にそう刻もう。そして、僕は彼の勇気を称える。ここでいう彼とは、前回
書いた役者の彼のことだ。どうにも我慢がならなかったらしい彼は、理由もわからな
いのにやたら好きな女の子に果敢に挑み、本人に言わせれば予定どおり玉砕した。
ある兵士の死に追悼を。みなさん、ついでにここで黙祷を。‥‥‥‥‥‥。牧師さん、
今は亡き彼のためにコメントをひとつお願いします。

牧師:我々は死をもってはじめて、その人がどんな人物であったか測ろうとします。
最終章だけでその人の価値を決めようとするのです。ですが、忘れてはなりません。
彼は生まれ落ち、そして去った。そのあいだには様々な出来事があったことでしょう。
その記憶を埋めるのは私ではなく、ここにいる参列者のみなさんです。ひとりひとり
が思い返してください、彼と過ごした日々を。‥‥彼は多くの人に出会い、多くの人
に愛されました。慈悲深い人物でした。人生を歩むということは困難なものです。そ
こには痛みがともなう。彼を失ったこと、それが私たちの痛みです。この痛みととも
に生きていくのです。この痛みがあるかぎり、我々が彼を忘れることはないでしょう。
賛美歌へいく前に、友人代表のduzzさんから弔辞を。
 
duzz:はじめに、彼のためにこうして集まってくれたみなさんに感謝を。どうもありがと
う。きっと、彼も喜んでいることでしょう。‥‥死の数日前、彼は僕にこう言いました。
「気持ちを伝えないかぎり、終らない恋がある」と。勇敢な男でした。死者のすべてを
肯定しようとは思いません。彼には身勝手で自分本位な部分もありました。興味の
ない女性には失礼な仕打ちをしたこともあったかもしれません。それでも、みなさん
ご存知のとおり、本質的には善良な男でした。クールなロマンチストでした。
 ステージの上にいた彼を思い出します。彼は短いその生涯を、狭いステージに捧
げました。そこが彼の居場所であり、存在意義でした。僕らは一緒に芝居を創り、
ときに叶わない夢を語り合いました。彼は、夢を見たままで死んでいきました。彼は
芝居というものを通して、いくつかの人生を演じ、最後に本物の人生で本物の恋に
出会いました。どうにもならないくらい誰かを想う。そうした感情を知らずに死んでい
く人もいるのでしょう。僕はそれを知っています。それは貴重な体験で、おそらく生涯
忘れることのできない印象を残していくものです。ある視点においては、それもまた
人生の到達点なのかもしれません。彼は最後にそれを知ることができた。そこへた
どり着き、そして31年の人生に幕を閉じました。彼は幸せであったのではないかと
僕は思います。

牧師:アーメン。

一同:アーメン。

牧師:通常であればここで賛美歌へ行くところなのですが、生前の故人からの強い
希望を尊重します。「僕が死んだら、この曲を流してほしい」と彼は言ったそうです。
教会でこのような音楽を流すのは私もはじめてです。教義としてどうなのかという心
配は若干ありますが、この歌が天国の彼のもとへ届くことを一緒に祈りましょう。
R.E.M.で「EVERYBODY HURTS」。


 さあ元気を出して
 がんばるんだ
 ひとりぼっちみたいな気がしたとしても
 いいや 君だけじゃないんだ

 この人生にひとりきり
 昼も夜もひとりぼっちで
 こんな人生たくさんだと思ってるとしたら
 がんばるんだ

 誰だって傷つくときがあるし
 誰だって泣くんだ
 誰だって傷つくときがある
 誰だって

 だから元気を出して
 がんばるんだ
 元気を出して
 持ちこたえるんだ
 誰だって傷つくんだよ

 元気を出して
 誰だって痛いんだ


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May 24, 2005

カーテンコール、その先の日々


 芝居を観にいく。役者の友人と二人で。僕と彼は同年代で、以前に同じ劇団に所属
していた。彼は板の上、僕は演出助手という中途半端なポジション。そもそも、なんで
劇団に入ったんだっけな? 確か、そのとき送っている日々にうんざりして、「劇団って
楽しそうだなあ、入れてくれないかなあ」などと思って飛び込んでみたような気がする。
いくつかの理由があって、僕とその役者の彼は一年程度で劇団を辞めることになるん
だけど。そこには日々の稽古があり、金銭的にリアルな問題があり、そして僕の目か
ら見れば勇敢に生きる人々がいた。結局のところ、この人たちと出会えたのがいちば
んのメリットであったのではないかと思う。

 僕とその彼は知り合ってそろそろ4年になるが、芝居を観にいくときしか会わない。
普段なんとなく会って話をすることもないし、各種通信手段を用いて現状報告するこ
ともない。芝居の前くらいになって唐突にどちらかがメールをする。

「で、行く?」
「じゃあ、土曜のマチネで」

 とかそういう感じ。簡潔なメールによる簡潔な関係性。いや、僕らは歳も同じで、向か
い合って座ればだらだらと長話をしたり、けっこう仲がいい。でも、どういうわけか普段
はまったく連絡を取らない。冷静に考えると、こういうのってちょっと不思議だ。

 その日、僕らが観にいったのは以前に所属していた劇団の芝居だった。板の上では、
お馴染みの面々がお馴染みの芝居を繰り広げていた。かつて稽古に参加していた僕
の目には、この人はここの演技で怒られて、ここでこう演出をつけられて、この先の展
開はこうなるというのが手に取るように見えた。懐かしいね。
 劇団のみんなの間で、僕らは「辛口2トップ」と呼ばれているらしい。なぜなら、僕ら
はおもしろくないものは絶対に褒めないので。本気でやっていることに対して、お世辞
を言ってもプラスにならないというのが僕と彼に共通するスタンスというわけだ。芝居は
無事にカーテンコール。役者のみんなに言わせると、カーテンコールは楽しくないらし
い。役から離れて、素に近い状態で人前に出るのが嫌だと言っていた。僕はこれがけ
っこう好きだったりする。フラットな照明。会場からは拍手。丁寧なお辞儀と、いまさら
ちょっと恥ずかしそうな顔をしている役者の表情。思うに、完全燃焼している女の子っ
て素敵だね。みなさん、お疲れさま。おかげでちょっとした刺激になったよ。

 場所を移して、僕と役者の彼は現状報告会をした。それはいつだってロイヤルホスト
で行われる。この街にはこれといった場所がほかにないので。「ついに32になっちまっ
た気配だよ」、「うわっ、きた。俺も時間の問題だけど」とかそんな話題から。彼はしば
らく演劇から離れていて、けっこう前からここが辞めどきなのかと悩んでいる。「で、マジ
で辞めるの?」と訊いてみると、「微妙」という返事がかえってきた。微妙というパーセン
テージがどのくらいなのか僕は知らない。辞めてほしくないような気がしたが、そこには
けっこう人生的に重いものが関わってくるわけで、状況が痛いほどわかるだけに僕が
楽観的に口を出せる問題でもなかった。

 それから僕らは、視点を変えて話し合った。自分の好きなものばかりを蓄積して大人
になってしまった僕らは、ここからマトモに生きることができるのだろうかと。彼が出した
結論は二年だった。二年、そのくらいであればマトモに働くことができるかもしれない。
が、その後は確実に自分の生活に疑問を持ちはじめ、また何かをはじめるために会社
を辞めるか、そのまま死んだようにごまかしながら生きていくかどちらかしかないと。そ
う言っていた。だいたいにおいて、僕も彼と同意見だった。ひとつ違う点を挙げるなら、
おそらく僕の場合は二年も持たないだろうということ。なぜなら僕は、うんざりスキルが
彼より高いはずなので。そんな高技術。

 それから彼の恋愛話を聞いた。思うに、程度の差こそあれ、人ってのはいつだって
恋をしている。厄介な生きものだ。彼には理由がはっきりわからないのにやたら好きな
人がいるらしい。見た目でも人柄でもなく。いいね、その理由がわからないのに惹かれ
るってところが。本質的な感じがする。それは彼女の雰囲気であり、存在そのものなの
かもしれない。「お互いそこそこに好きな相手が、そこそこの恋愛をするのがいちばんい
い」と彼は言っていた。それ、そこそこしすぎじゃない? 彼曰く、片方の想いが強すぎ
るとバランスが取れず、最終的にはどちらかがひどく傷つくことになるそうだ。試しに、
うまいこと想いが強いふたりが出会ったらどうなるのか訊いてみた。彼の恋愛ロジック
によると結論はこうだ。

 それは奇跡的な確率だから。

 なるほどね。それぞれにそれぞれの哲学あり。僕のこの先の人生に奇跡的な出会い
を期待して。まだ見ぬ恋人というわけだ。僕に運があるのなら、今日この夜、彼女はど
こかで生活しているはずだし。いや、そちらさえよければ、フライングぎみに出会っても
全然かまわないけど。そのへんは遠慮なく。劇的な出会いってのをひとつ頼むよ。目
を奪われて、雑踏の中で立ち尽くすようなヤツをね。

 じゃあまた、と男同士の適度な身振りをして駅で彼と別れた。次に会うとき、まだ彼
が役者という立ち位置であればいいなあと思う。いったい、今まで何人の人々が舞台
に立ち、そこを去っていったんだろう? 成功という主役だけに許された狭きステージ
がある。才能と羨望。うまくいかなかった脇役たちも、カーテンコールの後に人生は続
いていく。きっと、それはバンドマンでもダンサーでも同じことだ。ふとした瞬間に、過ぎ
去りし日の情熱とともに、あの日のスポットライトを思い出してみたりするんだろう。自分
には何が足りなかったのだろうと考えながら。なんだか切ないね。

 うん、すげえ切ない。


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May 11, 2005

過ぎゆく時間と希望というものについて


 31歳、最後の夜。
 得たものと失ったものとを秤にかける。

 目覚めて、32歳の朝。快適な目覚めとは言えそうにもない。眠そうな顔をした素
敵な女の子が、「誕生日おめでとう」とベッドから微笑んでくれる気配もなかった。
なぜなら僕のベッドには掛け布団しか存在していなかったので。そして、僕の知る
かぎりでは布団は喋れない。最初の煙草に火をつける。なるほど、これが32歳の
朝か。新しく何かをはじめるのには遅い年頃で、だからといって何かを諦めることも
まだできない年齢であるような気がした。
 適度に身なりを整えて、世界の果てから街へ出る。
 
 僕が旅に出る理由は だいたい百個くらいあって
 ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
 ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
 みっつめは車の免許を取ってもいいかななんて思っていること

 俺は車にウーハーを(飛び出せハイウェイ)
 つけて遠くフューチャー鳴らす(久しぶりだぜ)
 何かでっかいことをしてやろう きっと
 でっかいことをしてやろう

 音楽を聴きながら渋谷の街を歩いた。でっかいことか。そういうことができたらい
いなと思う。情熱。それを持ち続けられるかどうかの問題だ。そんなことを考えなが
ら辺りを眺める。大型スクリーンでは派手な宣伝が流されていた。交差点では交わ
ることのない人生がすれ違っていた。足元には踏みつけにされた煙草の吸殻が転
がっていた。どこを見ても心を打つものがなかった。それから、いっそのこと希望を
捨てれば楽になるんじゃないかと思ったりもした。
 劇場に入って、「コーヒー&シガレッツ」を観る。退屈な映画だった。ジャームッシュ
だからといって、なんでも賛辞する気にはなれなかった。はじまって20分くらいで眠
りにつき、起きたらケイト・ブランシェットが一人二役をしていた。もうしばらくスクリー
ンを見るともなく眺め、この映画から得るものは何もないと判断して劇場を出た。

 道玄坂。横断歩道。曇り空。通りに面したカフェでは、人々が午後のひとときを楽
しんでいるのが見えた。西暦は2005年5月11日で、僕は32歳だった。雑踏の中を
歩きながら、僕はまた情熱について考え、勇敢に生きるということについて思いを巡
らせた。どこまでやれる? 僕はいつか逃げ出すのかもしれない。これまでの人生
で下したいくつかの決断が間違いであったように思え、何本目かの煙草に火を点け
たところで「いや、これでいいんだ」と思い直したりもした。結局のところそれは、僕が
どう生きたいかということだった。
 
 店に入って、コーヒーを飲みながら読書をした。現時点の僕では、どれだけがんば
ってもその小説レベルの文章を書けそうにもなかった。誕生日なのでシフォンケーキ
を食べる。口に運ぶと、そのへんの女の子でも作れそうな味がした。二つ隣の席で
はスーツ姿の会社員が座っていた。もしかしたら僕より年下かもしれない。立派な男
だ。きちんとした世界に属していて、どこへ出しても恥ずかしくないように見える。自分
が彼のようになりたいかどうか考えてみた。僕が人生に求めているのはそういうもの
ではなかった。

 帰宅して、パソコンの前。まもなく32歳最初の日が終わろうとしている。時間はす
べての人に等しく流れる。それが等しく感じられないのは、きっと密度の違いなんだ
ろう。僕はまた勇敢に生きるということについて考える。僕の周りで勇敢に生きてい
る人々のことを。ティッシュ配りをする食えない役者。チャンスを与えられないクリエ
イター。長髪を切る気になれないバンドマン。それから、何をすればいいのかわから
ない不安を抱えながらも、流れに逆らおうとしている人々。僕にとっては32年目、彼
ら・または彼女らにとって今年が何年目なるのかわからないけど、みんなこの一年
で何かを掴めればいいなと思う。うん、ほんとに。

 今日はなかなかハードな一日だった。31歳のときより、けっこう精神的にこたえた
気がする。なぜなら僕はまだ何も成し遂げていなかったから。たぶん、希望と能力
のバランスがとれていないんだろう。多くの人たちと同じように。明日は親しき人々
と遊びに行く予定なので、そこで気分転換をすることにしよう。その話を兄にしてみ
たところ、「おまえ、バーベキュー似合わないなあ」と言われる。思うに、それは似
合う似合わないの問題ではなかった。肉を焼くか焼かないかの問題だった。

 僕は明日、肉を焼きにいく。


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May 05, 2005

午後22時の後遺症


 前回までの更新でじゃっかん燃え尽きたので、まとまったものを書けそうもない。な
ので、脈絡のない文章なんかを書いてみる。

 う~んと、まずね。着る服がないね。うん、いきなり暖かくなり過ぎだと思う。どのくら
いの服装で歩けばいいのかわかりゃしないって話だ。「じゃあ歩かなければいいじゃん」
と思われるかもしれないけど、人は生きているかぎり歩まなければならないわけで。な
ので、僕は歩くわけですよ。で、なんで今回はこんな口語体で書いているかというと、前
回までの更新で真剣になり過ぎたからバランスをとってるという噂。物事にはバランスっ
てのが大切なんでね。死んだ母親がそう言ってた。(ウソ。生きていまテレビ見てる)

 こういうとき、ソロって不便だな。恋人がいるときは適当に選んでもらってた。女の子
は服が好きだし、疑いようもなく僕よりセンスがいいので。これまで経験からいうと、
僕が恋人に服を選んでもらうと大抵こんな感じの会話になる。

「じゃあもう、これでいいかな?」
「じゃあもうって、まだ見始めたばっかりだけど」
「そうなんだ」
「そんなのより、これにしたら?」
「どれ?」
「これ」
「いや、それは無理」
「なんで?」
「その色は着れないと思うね。むしろこっちの方がいい気がする」
「それ、さっきのとどこが違うの?」
「‥‥素材?(自信ない)」

 今日、みんなにどこで服を買うのか聞いてみた。原宿とか下北で買うらしい。そこか
あ、僕もそこに行っちゃうべきなのかもしれない。でも面倒くさいな。本気で通販導入
を検討しよう。それなら家から出なくていいし。では、多数決を取ります。挙手で発言
してください。はい、そこのパーマ。「通販で」。次、そこの31歳。「通販で」。そこのデ
スクトップみたいな顔したヤツ。「通販で」。えっ、君は誰なの? びっくりしたね。無駄
に角張りやがって。帰れ。黙れ、死ね。まあいいや。じゃあもう通販で。(決定?)

 話題をすっとばして。今日、何度目かの「ニュークリア・エイジ」を読み終えた。素敵で
切ない小説だ。これを僕が書いたことにできるなら、死んでもいい気がするな。僕はそれ
くらいこの小説が好きだし、この小説にはそれくらいの書き上げた感が漂っている。ペー
ジ数は600弱。こういうのを書くのってすげえ労力なんだろうなあと。この小説では60年
代のことが描かれてるけど、現代では何をテーマにものを書けばいいんだろう。足りない
よね、いまこの時代って。何かが足りない。情熱とかさ。勢いとか。それなりに満たされ
てるし、どこかの国の大統領以外はみんな平和主義だ。それでも僕はこの小説の主人
公のように、「爆弾は実在する」というプラカードを掲げる気もない。ということは、結局の
ところ個人の情熱の問題なのかもしれない。

 僕は近いうちにまた年を重ねる。32歳。大人だ。僕の32歳のテーマは「情熱を取り戻
せ」にしよう。いま決めた。恋愛的な意味ではなく、なんていうかこう情熱的に生きる感
じで。あるいは、しゃかりきコロンブス的な感じで。(パラダイス銀河から引用)

 そして、新しくリンクを貼りましたのでご報告。僕には実際会ったことないのにやけに
知り合いのように思えるネット的な知人がいて、そのひとりがこのtakさん。きっと、tak
さんは良い文章を書いていくはずなのでみなさんも足を運んでみてください。このペー
ジの左上の方からどうぞ。

 うん。今日のところはこんなもんで。


 私信

 で、ウナバラくん元気なの? ここを覗いてる暇がないほど忙しそうだけど、暇ができ
たら各種通信手段を用いて連絡して。糸電話じゃない方法でよろしく。カップに穴を空
けるの面倒くさいから。
 

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May 01, 2005

そして、あとがき


 すっかり長くなっちまいましたが、これが僕の歴史的失恋の話。まあ、いろいろな
ことを学んだ恋だったなあと思う。
 ここで、構成の関係で省いた補足事項なんかをひとつ。「戻りたい」発言から半年
近くが過ぎた頃、彼女は見知らぬ男を連れて僕の働く映画館へやってくる。ジャン・
クロード・ヴァンダム主演の「ユニバーサル・ソルジャー」。タイトルから想像できると
思うけど、ろくでもないSF映画だ。いや、実際のところ僕は見てないけど、ジャン・
クロード・ヴァンダムが主演の時点で駄作ってことにしておく。なぜに「ユニバーサ
ル・ソルジャー」だったのか? もう少しマシな映画なかったの? ちなみに、ここで
ちょっとばかり立ち直りかけていた僕が二度殺されたのは言うまでもない。まさか
「ユニバーサル・ソルジャー」を観にくるとは思ってもいなかったので。まさにユニバ
ーサル級のダメージと遭遇。ビッグバン。死ぬ。衛生兵を呼んでくれ。っていうか、
その男は誰なの? そんなヤツは木星探索にでも送り込め。いや、「ユニバーサル
・ソルジャー」って言われましても。(今ではこのネタお気に入り)

 さらに、後日談。彼女とはその後もけっこう連絡を取り続けた。最後に電話で話し
たのはたぶん二年くらい前。彼女は何年も前に結婚して、いまは大阪にいる。関西
方面の方々には失礼な話ではあるけれど、彼女はその土地柄に馴染めず、精神的
にめいっているらしい。話した感じではあまり幸せそうではなかった。が、幸せな人ほ
ど幸せではないふうに装うものなので、実際のところはどうかわからない。
 僕がいま持っている携帯に彼女の電話番号は登録されていない。携帯を買い換え
たときに入れるのをやめた。なんとなくいい機会のような気がしたので。PCも新しくな
ってメールアドレスもわからない。おそらくこの先、僕らが連絡を取ることはないだろう。
彼女がまだ僕の電話番号を知っていて、留守電にでも残さないかぎり。その場合、
僕が掛け直すのかどうかは読者のみなさんの判断にお任せして。

 そして、あれから10年以上の月日が過ぎる。再び場所をパスタ店に移そう。余談
ではあるけど、店員の女の子はちょっとかわいかった。ここにもひとつの教訓がある。
時間をかければ、人は回復する。
 で、僕の向かいにはカメダさん。ものすごくかいつまんでこの歴史的失恋の話をし
たあと、僕らはだいたいこんな感じの会話をしたと思う。

「もし、いま彼女と会ったらどうしますか?」
「場合によっては、やばいかもしれません」
「まだですか?」
「彼女が変わってなかったらやばいかも。ぐらっと揺れる恐れありです。
 なので、ブサイクになっていてほしい気もします」
「10年以上経ってるんですよね?」
「はい、経ってます」
「それってもう愛じゃないですか」
「いや、愛ではないっす(なぜか全否定)」

 そう、僕はいまでもあれが愛と呼ばれるものであったとは思わない。なんていうか、
あれこそが恋なのではないかと。僕がこの先、あんなふうに人を想うことはもうない
だろう。でも、それはべつに悪いことじゃない。恋にもいろいろな形があるんだろうし。

 そんなわけで世のすべてのみなさん、素敵な恋を。


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ある個人史の記録・3


 ママ このバッジをはずしてくれ
 もう俺には使い道がないんだから
 暗くなってしまってなにも見えない
 まるで天国の扉を叩いているような気分だよ

 天国の扉を叩いているんだ
 天国の扉を叩いている

 1991年、ボブ・ディランのカバーをGUNS N'ROSESが歌った。「KNOCKIN' ON HE
AVEN'S DOOR」、彼女が好きだった曲だ。その頃の僕はガンズにほとんど興味が
なくて、これがボブ・ディランの名曲であることさえ知らなかったと思う。彼女はとき
どきこの歌を口ずさんだ。サビの部分をアクセル・ローズがどんなふうに歌うか、そ
れがどんなふうに彼女に心に響くのかまで僕に教えてくれた。今こうして聴いてみ
ると、この歌詞は彼女を失ったあとの僕の気持ちをいくらか表していると思う。

 恋人になった僕らは幸せな日々を過ごした。その冬、彼女は髪にソバージュをか
け、黒いストールに身を包んで街を歩いた。ソバージュ。今では誰もそんな呼び方を
しないけど、彼女によく似合っていたと思う。彼女はその髪型が気に入らなかったら
しく、いつもヘアピンで髪を束ねていた。色は金色。なんだか棒みたいのを通して髪
を留めるやつだ。ときどきではあったけど、彼女はそのへアピンを外してくれた。髪を
下ろした彼女が僕はとても好きだった。僕が見つめていると、そのたびに彼女は「絶
対ヘンだってこの髪。だからあんまり見ないで」と言った。少し不機嫌そうな微笑。そ
んな彼女を眺めるだけで、僕はいつも幸せな気分に浸ることができたものだ。

 僕がどれだけ彼女を想っていても、やがてどれだけ歴史的な失恋がやってこようと
も、はたから見れば僕らは普通の恋人であったと思う。僕らは恋人たちが口にすべ
きことを囁き、ときに肌に触れ、未来のことについて語り合った。下手すると僕はこの
関係が永遠に続くと思っていた恐れがあるし、本気で彼女と結婚するものだと思って
いた可能性もある。いまは亡き僕の結婚願望。短絡的な男だ。微笑ましくさえある。
できることなら、僕は今ここで歴史を書き変えたいと思う。が、起こってしまったことは
すでに起こってしまったことだ。そう、当然のように、実際の月日より速いスピードで
幸せな日々は過ぎ去っていく。

 一月に彼女は21歳になり、僕らは二人で誕生日を祝った。五月に僕が19歳になっ
て、そして六月に彼女は去っていった。
 別れの年の春、彼女は就職した。以前に比べて、僕らが時間を共有する機会はめ
っきり減っていく。携帯電話がない時代では、実際に会うか、夜に電話することでし
か相手に言葉を届ける方法がなかった。当時の僕は、彼女が好きだったBlack Cro
wesで表現するなら、「ジェラス・アゲイン」ぐらい嫉妬するのを得意技としていた。そ
れはずいぶんと彼女をうんざりさせたはずだし、いま自分で思い出してもかっこわる
かったと思う。僕は見えない敵を恐れていた。彼女の働く会社には、僕では絶対に
勝てないような大人の男たちがいるのではないかと。僕は勝手に想像の敵を作りあ
げ、みずからを窮地に追い込んでいた。勝ち目のない勝負だった。

 実際のところ、彼女が僕の元を去っていった理由はわからない。かっこわるい僕に
嫌気が指したのかもしれないし、ほかに好きな男ができたのかもしれないし、あるい
はその両方なのかもしれない。別れて数年が経ってからも、僕は彼女と何度か会っ
たが、そのときも理由は訊かなかった。僕らは向かい合って食事をしながら現状報告
をして、ほんの少し昔話をした。今でもとくに別れた理由を知りたいとは思わない。い
まさら答え合わせをしてみても、何かが変わるわけじゃない。これはもう過ぎ去ってし
まったことなのだ。

 彼女は電話で「しばらく時間を置きたい」と言った。お決まりの台詞。若かりし僕は
「どうせなら、はっきりふってくれ」と答えた。そんな中途半端な状態ではどこにも進
めやしないと。彼女はこう言った、本当にただ時間を置きたいだけなの。
 それから僕は失意の日々を迎える。彼女が去り、僕は完全に空っぽになった。彼
女を失うことで、自分の存在理由まで失ったような感じだった。僕はひとりで街を歩い
た。僕はひとりで新しい季節を迎えた。僕はひとりで本を読んだ。いつだって空っぽだ
った。僕はその空虚感を彼女と過ごした記憶で埋めようとした。後向きで、どこにもた
どり着けない作業だった。埋めれば埋めるほど傷は大きくなり、痛みは増していった。
そこには希望というものがなかった。

 数ヵ月後、彼女から電話がかかってくる。おそらくこれが最後の機会だったのだと思
う。彼女は「やっぱり戻りたい」というようなことを口にした。いや、実際に「戻りたい」と
はっきり言った。あとは僕が彼女を迎え入れればいいだけのことだ。僕は彼女を受け
入れなかった。僕のささやかなプライドだったのか? それとも本気で彼女を想ってい
たからこそ許せなかったのか? 今となってはこの理由もよくわからない。僕は痛々し
いまでの強がりを見せる。「いや、俺はひとりで平気だね」みたいな口調で。愚かな男
だ。微笑ましさを通り越して、腹立たしくさえある。この発言は、ずっと長いあいだ僕を
後悔させることになる。確か、それからしばらくして僕は彼女に電話をした。さらにしば
らくして、さりげない手紙も書いたはずだ。彼女は戻ってこなかった。
 そのようにして、僕は彼女を取り戻す唯一の機会を失った。

 それからの僕は、自分との対話に多くの時間を費やすようになる。自己修復。おそ
らく、この辺りから現在の僕が形成されはじめたのだと思う。その対話のなかで僕は
多くのことを学んだ。僕は悲しみという言葉の意味を知り、人の心は痛むものだという
ことを知った。できるだけ人を傷つけないようにしようと思った。嘘をつかず、素直に生
きようとも思った。彼女を失った空虚感を前向きなもので埋めようと思い、僕はものを
書きはじめるようになった。気がつけばいつからか、誰かを「おまえ」と呼ぶことができ
なくなっていた。
 僕は今でも、男女・年齢を問わず、誰かを「おまえ」と呼ぶことができない。自分の
恋人でもないかぎり、女の子を下の名前で呼びつけにすることもできない。あれほど
短気だった僕ではあるが、今では本気で腹を立てることもほとんどない。ここにひとつ
の教訓がある。人は変われる。

 結局、僕がその失恋から立ち直るまでには、二年近くの月日がかかる。もう悲しく
はなかったし、その頃には女の子と普通に笑って話せるようになっていた。さすがに
二年もあれば、そのあいだに僕に好意を抱いてくれる女の子もいた。でも、僕はまっ
たくその気になれなかった。立ち直ったあとでも、ふとした瞬間に僕は彼女を思い浮
かべていたから。それを完全に振り払うまでには、さらに長い年月がかかっているの
ではないかと思う。彼女を懐かしく思い返せるようになったときには、僕はすでに大人
になりつつあった。

 僕はそれからの日々を生きた。彼女がいなくても。


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