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3 posts from July 2005

July 26, 2005

雨の日、TSUTAYAの入口で


 亀田プロが在籍するエレキベース一行が、本日7月26日に渡米した。ギターケー
スに期待と不安を詰め込んで、彼らは旅立った。音楽に国境はないらしい。たぶん、
表現手段がパスポート。いいね、それ。成田発のビートニクってわけだ。
 彼らは3週間ほど滞在し、そのあいだライブをして回るらしい。バンドワゴン。街か
ら街へ。窓からは大陸の風、それが彼らの髪を揺らすんだろう。素敵だね。見渡す
かぎりのオレンジ畑。田舎町の土の匂い。口ずさむフレーズ。バンドワゴンは行く、
でこぼこの道が刻むリズムの上を。あるいはどこまでも続くハイウェイを。「なにか
でっかいことをしてやろうぜ」。ここは、R.E.Mが生まれた国。アセンズ・ポップフェス
ティバル2005。想像するだけでわくわくするね。亀田さん、マイケル・スタイプに会
ったら、「日本に最高にあんたを敬愛しているヤツがいる」って伝えてください。そ
んでもって、世界にギターをかき鳴らしてください。実り多き、よい旅を。

 遥かなるアメリカ。でかい国だ。僕はいまだにその地を踏んだことがない。死ぬま
でには一度行きたいな。バンドマンたちに負けないように、僕は僕なりにこの国で
できることをしようということで、部屋にこもって黙々と作業をする。昼下がりになっ
て、「とりあえず映画を見よう」気分になり、TSUTAYAにビデオを借りにいく。予定
より台風の歩みは遅く、まだほとんど雨は降っていなかった。台風7号と名乗るヤ
ツはけっこう気分屋なのかもしれない。もしくは方向音痴なのかもしれない。まだ大
丈夫だと判断して傘を持たずに家を出る。そして道中、余裕で激しい雨に打たれる
始末。出たよ、このパターン。ちなみに以前39度の熱が一週間続いたときも、もと
を正せばTSUTAYAに行く途中に雨に打たれたのが原因だった気がする。例によっ
て学習能力に疑問符。きっと、人はこれをO型全開と呼ぶ。好きにしろ。

 はやくも適度な寒気に襲われながらDVDを物色。主に邦画コーナーをうろつく。
「東京夜曲」はいつになったらDVD化するんだろう? 欲しいんだけど、これ。まあい
いや。とりあえず狙い済まして3本借りることにする。風邪ひく前にさっさと退散しよ
うと思ったが、外では相変わらずの雨が続いていた。仕方ないので、出口でぼけっ
と煙草を吸う。向かいの書店の看板を雨が叩き続けていた。黄色い車が、くすんだ
午後のなかを水飛沫を上げて通り過ぎていった。どうしようかなあと思いつつ音楽
を聴いていたら、突然見知らぬ女の子に話しかけられる。

「あの」
「はい?」
「傘、お持ちじゃないんですか?」
「あっ、はい」
「私、2本ありますからこれどうぞ」
「いや、ほんとですか?」
「はい。捨てようと思ってたので」
「あっ、ありがとうございます」
「これちょっと壊れてるので、開くとき気をつけてください」
「あっ、はい。すみません」

 彼女は微笑んで去っていった。日常における親切と遭遇。ベタなドラマみたいな
展開だって話。ついでに言えば、なかなか素敵な女の子だった。「お礼に食事でも」
とか言うべきだったのかもしれない。あるいは、パン屑とか落としながら帰ろうかとも
思った。ちっ、手元にパンがねえし。お気の毒。傘を開いてみたところ、どこも壊れて
いなかった。帰り道、雨の中を歩きながら小さく微笑んでみたりした。
 そのようにして、僕は濡れずに帰宅することに成功。彼女から貰った傘は、まだ我
が家の傘立てに入っている。彼女のおかげでちょっとばかり印象的な一日になった
ね。僕と彼女に縁があるなら、またいつか出会うに違いない。雨の日、TSUTAYAの
入口で。僕らは視線を交わし、ふと思い当たって静かに微笑み合うだろう。恋のはじ
まり。僕はきっと彼女にこう言うはずだ。今日も雨ですね、と。

 ここでひとつ問題が。
 じつは、もう彼女の顔を覚えてなかったり。(やっぱり、はじまらないらしい)


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July 07, 2005

転がる石のように、あるいは川の流れのように


 隣のガキを見ると、時が流れたなあと思う。

 彼をはじめて見たときはまだ小学4年生くらいだったような気がする。僕らはよく
マンションの通路やエレベーターで顔を合わしていた。で、僕の“とりあえず誰に
だって話かけてみよう作戦”に巻き込まれた少年は、いつからか適度になついて
くるようになった。ときには朝、駅まで一緒に話しながら歩いてみたりもする。僕は
職場へ、彼は学校へ。そんなふうに話すうちに彼はサッカーより野球が好きで、
かなりの西武ファンで、ついでに松坂が好きだという無駄な情報を僕は得ることに
なる。以前、西武が日本シリーズへと駒を進めたときには、かなり熱いライオンズ
的なトークを聞かされた。

「このシリーズで西武が勝利できるかどうか、僕には判断がつきかねるね。明日
の試合は松坂がどこまで相手の打線を抑えられるかがポイントなんだけど、ほん
と、僕には判断がつきかねるよ」

 うん、彼はマジでこんなふうに喋った。あんまりにもヘンな喋り方だったから今で
も覚えてる。この頃、彼の中では“つきかねる”という言葉がブームだったに違い
ない。思うに、当時の彼のボキャブラリーは、主にプロ野球ニュース的なものから
引用されていた。ちなみに今、「プロ野球ニュース」という名の番組はこの世に存
在しない。時は流れる。

 そんなガキも今では中3になった。もう中3か、はやいね。気がつけば僕に敬語
を使うようになってるし。中3になってもこのガキはあまり垢抜けず、基本的には
小学生の頃とあんまり変わっていない。疑いようもなくいいヤツっぽくて、おそらく
は残念ながら女の子にはもてないタイプだと思われた。せっかくお気に入りの女
の子と隣の席になれたのに、なにひとつ気の利いたことも言えないようなタイプの
男だ。たまにその子に話かけられると、わかりやすく照れくさそうな顔をしちゃう
タイプの男だ。農民に例えるなら、決して豊作を迎えないタイプの農民だ。イナゴ
大量発生。そいつは気持ち悪いね。お気の毒。
 今日、マンションの通路でまた彼と顔を合わせた。以下、原文のままその会話
を書き写す。

「よお、元気?」
「あっ、はい。元気です」
「それはよかった」
 僕とガキはエレベーターへ乗る。
「で、最近どうなの? もう夏休み?」
「もう少しですね。夏休みは」
「へえ、楽しそう」
「でも、僕は受験ですから」
「受験かあ、どこ受けるの? いや、聞いても知らないけど」
「まだ決めてないんですよ」
「都立だったら、このへんだと杉高とか?」
「豊玉とか」
「だな」
 1階に下りて表を歩く。僕はコンビニへ。彼はどこへ行くのか
 知らないけど同じ方向へ。
「好きな女の子いるの?」
「えっ、なんですか突然」
「なんとなく聞いてみた」
「いやあ‥‥いるような、いないような。ハハッ」
「いや、ハハッって言われてもね。俺、どうすればいいの?」
「ハハハ」
「ハハハ」
「じゃあ、俺コンビニ行ってくるわ」
「あっ、はい。また」
「またね」

 なにも得ることのない会話ここにあり。まさに無駄話。二人で「ハハハ」とか笑っ
ちゃってるし。爽やかな夜だって話だよ、これ。でも、照れくさそうな彼の表情を見
て、どことなく思春期に触れたような気がした。いいね、思春期。素敵だね。携帯
がなかった僕の世代の思春期では恋文が普通に手渡され――あるいはベタに
下駄箱に入っていたりもした――ついでに手編みのマフラーなんかが普通にまか
りとおっていた。首に巻くとチクチクしてじゃっかん痛かったりするマフラーだ。懐か
しい。いま思えば、あれはあれで悪くなかったような気がする。当時はそのチクチ
クさ加減に本気で腹を立てていたけど。本気で燃やそうかと思ったけど。ええ、
当時の僕はやたら短気だったもので。時は流れる。

 そんなわけで、隣のガキが中3になるくらいだから、そりゃ僕だって年を重ねる
わけだ。彼もいずれは大学に進学して、ついでに就職などをして、お見合い結婚
をするんだろう。いや、べつにお見合いじゃないかもしれないけどさ。あのガキが
結婚? 信じがたいね。でも信じがたいことが起きるのが人生なんでね。彼が結
婚するときにはスピーチのひとつでも用意しておこう。それでは、隣人代表のduzz
さんから新郎に一言お願いします。

 え~‥‥君が幸せになれるかどうかは、僕には判断がつきかねます。


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July 01, 2005

ピケを張れ


 おそらく誰にでも生活の核になる場所というものがあって、ほとんどの人の場合、
それは自分の家なのだと思われる。世の中には家にいるのが嫌いな人もいるらし
い。家にいるくらいなら表に出て、この世界を闊歩したいと。僕は疑いようもなく、
家にいるのが好きな生き物だ。そして、じつは昔から人を家に招くのが最高に苦
手だったりする。

 生まれてこのかた、数え切れないほど友人の家にお邪魔したが、自分の家に人
を呼んだことはほとんどない。記憶に残ってるのは2回だけ。一度目は小学生のと
き。確かヤベくんと一緒にファミコンをしたような気がする。「ツインビー」とか「魔界
村」とかそういうの。場合によっては「ゼルダの伝説」だったかもしれない。二度目
は今のマンションで、前の恋人がどうしても僕の家に行ってみたいと言い出したの
で。「そいつは無理な相談だね」と言いたいところだったが、二人の関係の性質上、
断ったら面倒なことになるのは目に見えていたので来ていただくことにした。うん、
ほんとにその2回しか記憶にない。32年生きてきて、2回ってすごいな。驚くべき
事実と遭遇。火星人来襲。チャンネルはそのまま(火星人来てるのに?)。

 まあ、そもそも以前の我が家はびっくりするくらいのボロアパートで――それは父
の作家的才能と比例していた――人を招くのに適さない建築物だったということも
ある。壁を通して音楽が聴こえてくるような建築物だ。隣の部屋に住む、お世辞に
も美しいとは言い難い女性は、暇さえあれば深夜にデカい音でバネッサ・パラディ
を流していた。その度に僕は「おっと、この前奏きたよ。またバネッサだし」と思い、
すかさずデカい音で「これでも食らえ」と言いたげにニルヴァーナでやり返すという
闘争が確立されていた。バネッサ対カート・コヴァーン。そこに調和はないね。つい
でに後日談。その女の子は恋人だか不倫相手と夜通し口論をしたあげく――僕は
それを生放送で聞かされた――何かを投げて窓ガラスを割り、終いには引越しをし
てアパートを去っていった。お気の毒。窓ガラスに同情票を一票。

 そんなボロアパートだったわけなんだけど、それでも兄は当時から友人を家に招
いていた。で、現在のマンション。さして広くはないが、人を招くのにはそれほど問
題のない景観であるように思う。兄はよく友人を招いている。いや、最近はそうでも
ないかな? でも以前はよく呼んでいた。兄の恋人がしょっちゅう我が家に来てい
る時期もあった。で、僕はどうか? 呼ばない。なぜかはよくわからないけど、ぜん
ぜん人を招かない。これって精神医学的に何か意味があるのかもしれない。ない
のかもしれない。まあいいや。とにかく僕は、どういうわけか自分の家に人を入れる
のを好まないタイプだということだ。根本的なところでは、社交的な生き物ではない
ということが発覚。新聞の見出しは「duzzの社交性に疑問符。判決は明朝」。裁判
官は懲役2年を宣告(そいつはびっくり)。

 同じ父と母から生まれ、兄と同じ環境で育っているはずの僕だけど、そのへんは
だいぶ違うようだ。僕ら兄弟はけっこう仲が良くて共通項も多い。たぶん喋り方はほ
とんど同じなのではないかと思う。僕らは大抵、人の意見に同意するとき「それ、言
えたな」と答える。昔からの口癖。僕らは二人とも“耳かき”が大好きで、家で耳かき
を見失うと「うわっ、この町には耳掻きがねえ」とか言う。すると、どこからか母が耳か
きを見つけ出し、「あんたたちどこ見てんの? ここにあるじゃない」などと言う。で、
僕らはこう答えるわけだ。「言えたな、それ」。
 
 思うに、兄は家をあまり重要視していない。休日、家にいることはほとんどないし。
それに対して僕は、ユダヤ人で言うところのエルサレムくらい、自宅を神聖視する傾
向にある。ここが僕の聖地というわけだ。ここには僕の好きな音楽があって、素晴ら
しい小説があり、素敵な映画があれば、頭の中には終わらない物語がある。ここは
僕にとっての隠れ家であり、ここが僕にとっての世界の果てだ。僕はここから世の中
を見ている。漠然と思いをめぐらせ、ときに思い沈み、また前向きに生きるための充
電をして、何かを成し遂げようと誓い、いずれその日が訪れる夢を見る。

 イガラシさん風に表現するなら、この部屋そのものが僕の“心のありよう”だとも言
える。だから、よほど心を許した人でないと、ここに人を連れてくるわけにはいかない。
なぜなら、ここは僕の心の中なので。ここに連れてきちゃったらもう逃げ場がないの
で。完全に入り込まれちまうので。そんなのギブなので。どうすりゃいいのかわから
なくなっちまうね。僕には僕のペースがあるのさ。そんなわけで、
 
 ピケを張れ。
 

 ピケ=労働争議の際、労働組合員が事業所・工場の入り口などを固めて、スト破り
 を見張ること。また、その見張り人。ピケ。「―を張る」


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