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3 posts from January 2006

January 31, 2006

なぜかFA宣言


 現在、ラトレル・スプリーウェルはニートである。

 NBAプレイヤー、ラトレル・スプリーウェルは悪名高き男だ。おそらくNBA史上、
あるいは有史以前から(ハイ・フィデリティ風)、ヘッドコーチの首を絞めたのは彼だ
けだろう。当時、スプリーが所属していたGSウォリアーズの指揮をとっていたのは
PJカーリシモ。やたら規律を重んじるコーチで、選手に罵声を浴びせることで有名
だったそうだ。基本的にクレイジーであるスプリーウェルは、PJカーリシモの暴言
に耐えられなかったらしく、練習中にいきなり首を絞めにかかるという大技に出る。
たぶん、「ファック!」とか「おまえなんかこうしてやる!」とか叫びながら首を絞め
ていたのだと思われる。そう、彼の名はラトレル・スプリーウェル。クレイジーで根
本的に忍耐力のない男。

 そんな傷害事件でNBAを追放されそうになったスプリーだったが、NYニックス
に拾われた後はチームの中心的な存在となる。そのアグレッシブなプレーはファ
ンを魅了した。持ち前のスピードで常にコートの先頭を駆け抜け、切れのいいドラ
イブで敵の包囲網に突撃し、それほど美しくもないシュートタッチでも得点を重ね
続けた。敵地で重要なショットを決めた後には、「決めたぜ。俺が決めてやったぜ」
と言いたげに観客を見つめて挑発するのが彼の得意技だった。NYのファンたちに
とっては忘れられない98-99シーズン。熱狂の年だ。ニックスはイースタン8位で
ぎりぎりプレイオフに滑べり込み、NBAファイナルまで快進撃を続ける。

 プレイオフ・1stラウンド。いまいち勝負弱いと思われていたアラン・ヒューストンが
劇的なショットを沈める。持病の腰痛を抱えながらもチームの精神的主柱となった
ラリー・ジョンソンは、プレイオフを称して「これは戦争だ」とメディアに言い放った。
そして、NBAファイナル。NYニックス対SAスパーズ。勝利を渇望したスプリーは、
NBA最高のセンターと認知されつつあったティム・ダンカンに点の取り合いを挑む。
満員のマジソン・スクウェア・ガーデン。ダンカンが決めれば、スプリーが意地で決
め返すという展開が続く。最も印象に残っているのは、スプリーのファーストブレイ
クだ。攻撃はスパーズ。敵のパスをカットしたスプリーが、ワンマン速攻をはじめる。
頭上からのカメラはそのシーンを捉えていた。圧倒的なスピードでコートを駆け抜け
ていくスプリー。誰も追いつけない。ボールがネットをくぐった瞬間、マジソン・スクウ
ェア・ガーデンを埋め尽くした満員の観客が総立ちになる。熱狂に包まれるアリーナ。
大音量でBeastie Boys の歌声が響く、「Go! NY Go!!」。NBA史上、あるいは有史
以前から、シーズンを8位で終えたチームがプレイオフ決勝まで上がってくることは
一度もなかった。ミラクル・ニックス。その年のNYニックスを人々はそう呼んだ。残念
ながらニックスは優勝を手にすることができなかった。それでも、彼らは美しき敗者だ
った。僕はあの年のニックスを忘れないし、おそらくそれはNYの人々にとっても同じ
なんだろう。

 NYで数シーズン過ごした後、スプリーはミネソタへ移籍。チームの原動力となっ
たが、なぜかフロントはスプリーと再契約しなかった。いや、これはスプリー側にも
問題があるのかもしれない。NBA専門誌「ダンクシュート」によれば、チーム側はス
プリーに3年で25億2000万の契約延長を申し出たが、スプリーは「俺には食べさ
せていかなければならない家族がいる」というコメントとともに却下したらしい。スプ
リー、君はいったい家族に何を食べさせたいのかね? そんなわけで、スプリーは
年齢と高年棒の問題、さらにはその性格のおかげでいまだにFAなのである。それ
でもトレード・デッドライン(シーズン中に選手と契約することが許されている期日)
までには、どこかしらのチームが彼を獲得するだろうと噂されている。

 で、じつは僕もいまFAだったりする。正確にはまさに今日から。スプリーの真似を
して社長の首を絞めたわけでも、高年棒なわけでもない。ついでに言えばスピード
があるわけでもない。父親がクレイジーなので、僕もクレイジーの血を受け継いでい
るという意味ではスプリーと同じなのかもしれない。お気の毒。
 そんなこんなで、僕は現在、諸事情によりFAなのである。あんまり好きじゃない
「デアル調」を使ってしまうくらいニートなのである。わかりやすく言うと、会社内の
移籍交渉がスムーズにいっていないらしい。僕が今シーズン、ほかの部署に移籍
するのか、そのまま引退するのかはいまだ不明だ。ここにはあんまり細かく書けな
いけど、べつに僕がビルを爆破したとか、フロアでいきなりツイストを踊りはじめた
とかそういうのではないです。大げさなことでもなんでもないので、そのへんはご心
配なく。言えることは、おそらく僕もスプリーと同じように根本的に忍耐力のない男
だということ。システマティックとクリエイティブは相反するであろうこと。有史以前か
ら、良い悪いは別として人にはそれぞれスタイルというものがあること。まあ、そうい
うことかと。

 このFAがいつまで続くのかわかりませんが、いまのうちにジャンプシュートの練
習をしてNBA入りしたいと思います(そいつは最高)。


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January 21, 2006

ニューヨークの想い


 年が明けて半ばを過ぎ、ほとんどなかった新年気分もすっかり過ぎ去ると、おな
じみの日常がやってきた。その日常のほとんどの時間を考えごとに費やすタイプ
の人種である僕だけど、最近は本当にその傾向がひどくなってきた。つい先日、
職場で制服をクリーニングに出しにいったところ、エレベータを降りたところで制服
を持っていないことに気付く始末。僕は何をクリーニングしたかったのか? さらに
少し前には、考えごとをしていたせいで駅ビルの女子トイレに突入したし、職場で
は普通に女子更衣室に潜入していた。心ここにあらずで気配が消えていたくさい。
そんなステルス機能搭載。幸い誰にも騒がれず、誰も着替えてなく、そこで遭遇し
た女の子には「ベタな間違いしちゃったね」的な笑みで無罪放免されたが、そのう
ち訴えられるのかもしれない。いまのうちに弁護士を雇っておこう。それでは弁護
士のコメントを。

「そうです、彼は軽度の病気です。考えごとをするとやたら視界が狭くなり、周りが
見えなくなります。昨日は犬に噛まれたまま歩いてました。まるで暴力的な二人
三脚みたいに。ええ、プードルでした。いや、一昨日は柴犬です」

 そんなわけで1月20日。前日、やたらに眠かったのでさっさとベッドへ入ったもの
の、どうにもこうにも寝すぎてしまい、目覚めたら久々に遅刻タイムだった。風呂に
入り、「俺、遅刻したなあ」と思いながら家を出る。それでもコーヒーが飲みたかっ
たので、ドトールでアイスコーヒーを買って歩きながら飲んでみた。STROKESに耳
を傾けながら新宿の街を歩くうちに、そういやこのへんが歴史的失恋をした彼女の
誕生日だったと思い出す。付き合っていた頃から、彼女の誕生日が17日だったか
21日だったか覚えられなかった。なので当然、今でもどっちが正しいのかわからな
い。そもそも僕は、誰かの誕生日を覚えるのが苦手だ。そんなの関係性において
は付属にすぎない気がするので。もっと言えば、覚えてなくても一週間くらい前に
僕に教えてくれればいい気がする。僕は「へえ、そうなんだ」と返事をして、プレゼ
ントなどを用意するわけだ。うん、どこに問題がある? ないね、まるでない。せっ
かく思い出したので、歴史的失恋をした彼女にひとこと。お互い年をとったね、まっ
たく。いま、君の世界には何が映っているのかね? 

 いつもは休憩をプロントで過ごす僕だけど、今日は別の店へ行って本を読んだ。
なぜならもう、プロントの彼女はいないので。僕の友人の勇敢な活躍によって、プ
ロントの彼女はどうやら辞めていたらしいことが判明した。店内で彼女の姿を探す
ことも、少し難しそうな顔をして働く彼女を目にすることも、あの微笑みにやられる
ことももうないわけだ。彼女が辞めてしまったことを知ったその夜、僕が家で話した
会話を誇張なく原文のまま、ここに書き残す。

duzz「家族のみなさんに重大なお知らせがあります」
母 「なに?」
duzz「プロントの彼女が辞めました」
兄 「知らねえよ」

 知らなかったらしい。重大な情報なのに。ついでに彼女が辞めた情報を得てから
僕の中で流行っている、あるいは連呼しすぎなフレーズなんかをひとつ。

 もはや、この街には希望がない。

 そのようにして僕の恋は終わる。最後に、もう二度と会うことのないプロントの彼
女にこんな曲を。ビリー・ジョエルで、「ニューヨークの想い」。

 休暇には大都会を離れて
 どこかへ行きたいという人が多い
 マイアミ・ビーチ あるいはハリウッドへ
 空の旅
 ぼくはグレイハウンドで
 ハドソン・リヴァーの境界線を渡る
 ニューヨークへの想いが溢れんばかりだ

 派手な車やリムジンに乗った
 映画スターもたくさん見たし
 常緑樹の美しいロッキー山脈にも登った
 でも 自分が何を求めているかはわかるんだ
 これ以上時間を無駄にしたくない
 想うのは ニューヨークのことばかり


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January 07, 2006

出遅れぎみに新年のご挨拶


 年明けからヘッドが痛い。僕はついにエスパー化しようとしているのかもしれない。
明日ぐらいには背中から青く光るオーラを出して、「ああああ~!」とか言いながら
どうでもいい岩を手も触れずに持ち上げている恐れもある。おそらく、その瞬間から
友達は去っていくだろう。なぜなら、そんな人うざいので。明日の僕が楽しみだ。

 そんなわけで、2006年の幕開けから現在のこの瞬間までを、僕は毎年恒例の年
末年始の風邪のなかで過ごしている。これで三年連続くらい。年々、抵抗力が弱ま
っているなあと。そんなふうにして人は肉体的にも精神的にも抵抗力を失って、ちゃ
んと生きていくようになるんだろうなあとか思ってみたりもした。

 風邪のせいなのか、昨日は妙な夢を見た。僕のお気に入りのプロントの彼女が、
なぜか僕のクレイジーな父親と付き合っている夢だ。僕は夢の中でひどくショックを
受けていた。そのあと、僕と彼女は二人でモノポリーをした。ちなみに僕はモノポリ
ーをやったことがないし、もちろんルールもしらない。が、それはそれで楽しかった。
彼女の後ろにクレイジーな父親が座っていることを抜きにして考えれば。ここらでク
レイジーな父親に一言。おまえはそこで何をしている?

 年が明けてから、去年得たものと失ったものについて思いを巡らせた。赤字とは
言わないが、大幅な黒字でもないような気がした。それからこの先の一年を展望し
てみた。良くも悪くも先が見えなかった。先が見える人生と、先が見えない人生。
言葉の響きとしてはどちらもいい印象がない。先が見えるといえば終わっている感
じだし、先が見えないといえばどうにもならない感じがする。どうしてもどちらかの人
生を選らばなければならないとすれば、ほとんどの人は先の見えない人生を選ぶ
だろう。僕も同じだ。どうせなら、ほかの言葉で表現できる人生を選びたいけど。

 僕の今年一年が、そして人々の今年一年がどのようなものになるにしろ、とにかく
2006年は時を刻みはじめた。強力なエスパー軍団が輪になって、「ああああ~!」
とか言いながら地球を消滅させないかぎり、この時はもう止まらない。今年という区
切りを、あるいは今から一分先をどう過ごすかはあなたしだい。噂によれば、タイム
マシンに乗って過去へ行き、石ころの位置を少し変えただけでも未来が変わること
があるらしい。実際、本当かどうかはしらないけど、何かアクションを起こせば、何か
が変わるのかもしれないということだ。悩んでいてもどこにもたどり着けない。「思想
より行動が先」って言ったのは誰だっけ? 

 遅くなりましたが、みなさんの2006年が良い年でありますように。
 そして、すべての夢見る若者たちに幸あれ。

 余談ではありますが、僕の今年の目標はエスパーになることです(好きにしろ)。
 

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