« April 2006 | Main | June 2006 »

2 posts from May 2006

May 16, 2006

フイリヤブラン


 らせん階段の向こうで、都庁の最上部は双子のように並んで、まだ早朝の空気が残
った街を見下ろしていた。僕の身体は日陰の中にあって、組んだ右足は陽の中にあっ
た。昼時は混みあう広場もこの時間は閑散としていて、丸いテーブルのスチールパイプ
が光を受けて輝き、レンガ色の地面にそのシルエットを映し出していた。それはたぶん、
一日のうちで数時間、あるいは数十分しか訪れない光と影の時間で、僕は唐突に与え
られたその空間を満喫していた。
 自分に時間があることに気付いたのはエレベーターの中で、明らかに僕とは出勤時
間の違う人たちを目にしたときだった。更衣室で時間を確認すると10時前。僕の出勤
時間は11時だ。昨日が10時出勤だったので、何も気付かずにここまで来てしまったら
しい。僕はときどき、こういうミスをする。朝、目覚まし時計に起こされ、ここにたどり着く
までに何回くらい時計を見たんだろう? 確か途中でメールも打った。それでも気づい
ていない。もうこれは一生治らないのかもしれない。

 出勤する人々の流れを逆行して広場へ向かった。まだ1時間以上あったが、それは
それで構わなかった。僕は考えごとがしたい気分で、空はよく晴れていたから。静かに
吹く風は澄んでいて、見上げる淡い緑の葉は、陽の光を浴びてところどころで色合いを
変えていた。遅い春の日、僕は心の中でそう呟いた。丸テーブルに陣取って、椅子に
鞄を置き、ローゼズの「Bye Bye Badman」を聴きながら辺りを眺めた。ベンチの横に置
かれた灰皿の前では、黒いスーツを着た会社員が計ったように等間隔で立ち、規則正
しい無造作さのなかで思いおもいに煙草を吹かしていた。スポーツ新聞を手にした初
老の男はぐっすりと眠り込み、一時間後には僕も着替えているはずの制服を着た人た
ちが朝食を頬張っていた。時間と心に余裕があると、普段は目につかないものが見え
てくるものだ。僕はそれまで、わざわざそんなものを読んでみようと思ったことがなかっ
た。そのプレートにはこう書かれていた。

 フイリヤブラン
 ユリ科 園芸品種
 黄色い縁取りの葉が美しく洋風建物によく調和する

 調和。それこそがこの場所にふさわしい言葉のように思えた。光と影、澄んだ空気に
静かな風、頭上には淡い緑の葉、レンガ色の地面、居眠りをする人、音のしない水が
落ち、声の聞こえない人々が親しげに話をしている。遅い春の日、透明感のある音楽、
小さな予感、時間は穏やかに流れ、空に最も近いところでは双子の建物が広場を見下
ろしている。
 僕は幸せな気分で本を読み、しばらくして白いノートを取り出した。ペンを持った影が
ノートに映った。煙草に火をつける。もういちど双子の建物を見上げ、それから僕はこの
文章を書きはじめた。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

May 15, 2006

ユーイングの年に


 はじめてユーイングを見たとき、その大柄な選手はコートのなかで揺るぎない存在
感を発揮していて、彼がリーダーであることに疑問を覚える者はまだ誰もいなかった
と思う。僕は確か20代の半ばくらいで、ニューヨーク・ニックスは宿敵ペイサーズと頂
点を目指して熾烈な戦いをくり広げ、僕は僕で、例によって何者かになろうと叶わな
い思いをめぐらせていた。アルバイトはあまり長く続かず、母はいつも家にいる僕を
見ては「あなた、そんなに家にいてよく飽きないわね」と言っていた。その頃の僕に
とって、世界とは読書と映画と音楽と考えごとであり、執着すべき唯一のチームが
ニューヨーク・ニックスだった。
 ユーイングはマイケル・ジョーダンによってNBAの頂点に立つという夢を打ち砕か
れ、また別の年にはペイサーズのレジ・ミラーの前に屈した。どれだけ挑んでも願い
を叶えられない男。パトリック・ユーイングはそれを身を持って体現しているような選
手だった。最も頂点に近づいたNBAファイナル。そのとき、彼はすでにチームの大黒
柱ではなくなっていた。スプリーウェルとヒューストンのガードコンビに観客は沸き、
同じポジションを争う若手のキャンビーの台頭もあり、心ないファンの間ではユーイ
ング不要論が唱えられた。やがて彼はニューヨークを離れ、ついにはコートを去るこ
とになる。その指にチャンピオンリングが輝くことは一度もなかった。白いユニフォー
ムにはいつも、33番が縫いつけられていた。

 僕は33歳になった。ユーイングの年だ。

 あれからずいぶんと月日は流れた。愛すべきR.E.M.からはドラマーが抜け、ウディ・
アレンは冴えない新作を世に送り続け、サッカーは完全に国民的なスポーツとなっ
て、僕の携帯電話は数回変わった。ニックスは思い切ったチーム改革を行ったが失
敗に終わり、今年もまたプレイオフ出場を逃した。ニューヨークの悲願はまだ叶わな
い。33歳になっても、僕はあの頃と同じ思いを抱きつづけている。自分を取り囲む人
々の顔ぶれは変わったが、煙草は今でもラーク。髪型も相変わらず似たようなもの
だ。おそらく、僕は変わらないタイプの人間なんだろう。人は学ぶ生き物だ。学んで
も、変えられないものがあるということを僕は学んだ。
 僕の目指すところはスポーツのように肉体的な限界がない。そういう意味では恵
まれているのかもしれない。まだ続けられるし、コーチに交代を言い渡されることも、
観客席から「引っ込め」と野次を飛ばされることもない。比喩的にいえば孤独なスポ
ーツだともいえるけど、幸いなことに僕はひとりで取り組むことが好きだ。もし僕に
コーチがいたらきっとこう言うだろう。「伸びるかどうかはわからないが、君はこのス
ポーツに向いている」。

 比喩的な表現を続けよう。33年生きてみてわかったこと。それは、僕は絶対にマ
イケル・ジョーダンにはなれないということだ。おそらく、ユーイングにだってなれない。
一度も頂点に立つことはなかったけど、彼はセンターというポジションでその地位を
確立し、並の選手ではたどり着けない立派な記録も残した。彼が背負った33番は
永久欠番になった。そう、僕はジョーダンにもユーイングにもなれない。でもたぶん、
ユーイングのように挑むことはできる。33歳として目覚めたその朝、そんなふうに思
った。だから僕は、ユーイングのように生きよう。この先、自ら不要論を唱えることや、
周りから「いくらなんでも限界だ」と言われることがあっても、そこにリングがあるかぎ
り下手なシュートを放ちつづけようと思う。これは僕の試合で、ほかの誰のものでもな
い。終わりがあるのであれば、自分で決めればいい。

 ユーイングの年に。
 いつかまぐれでもいいから、そのボールがネットに吸い込まれることを願って。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 2006 | Main | June 2006 »