« December 2006 | Main | March 2007 »

3 posts from January 2007

January 26, 2007

ずっとそれを見て育った


 兄はPCの前で少し難しそうな顔をして、それから次の一打をクリックした。休日の
兄はいつも、天気が悪くなければサッカーに出かけていく。その日は雨で、僕ら兄弟
は二人とも家にいた。カーテンの向こうでは微かな雨音がつづき、室内は篭った明る
さに満たされつつあった。最近、兄は麻雀に夢中だ。空いている時間にはいつもオン
ラインの麻雀をしている。よくもまあ飽きずにやるよねと僕は言った。
「そういう時期なんだよ」と兄は答えた。
「麻雀が?」
「若い頃に好きだったものを、またやりはじめる時期」
「それ、ちょっとわかるな」
「だろ?」
「俺のビリヤードみたいなもんでしょ?」
「そう。しかも、今やったほうが昔よりおもしろい」

 僕ら兄弟はいまだに実家で暮らしている。僕が33歳だということは、もう33年も一緒
に過ごしているわけだ。そのわりには、僕は兄のことをあまり知らない。おそらく僕らは
仲のいい兄弟に分類されるだろうし、暇があればよく話もする。でも、僕は兄の本質的
な部分について何も知らないことに気づいた。こういうのって、ちょっと不思議だ。兄の
これまでの人生においての頂点、それから底辺。いつも何を考えていて、何に悩んで
きたのか。そもそも僕は兄が落ち込んでいるところを見たことがない。
 僕ら兄弟は同じ屋根の下で、同じものを食べて、同じ時代を通って育ってきた。生き
物の生産過程でいえば、ほとんど同じような生き物になるはずだ。でも、人間の場合
はちがうらしい。兄はけっこう人付き合いのいいほうで、面倒くさいと文句を言いながら
も人に誘われれば出かけていく。そんな兄ではあるけど、人間関係をけっこうドライに
捉えているのではないかと僕は思っている。それに対して僕は人付き合いがいいほう
ではないし、周りからドライだと思われがちだが、根本的には正反対のタイプなのでは
ないかと思っていたりする。自分でそういうふうに修正してきただけで。
「本当の麻雀じゃないとさ、振り込んでもいい気になるからなんでも切っちゃうんだよな」
「それだと上達しないじゃん」
「言えたな。真面目にやるわ」
「いや、俺はべつにどっちでもいいけどね」

 僕は兄のことを「兄」と呼ぶ。目の前に座っているこの人物に僕は少なからず影響を
受けてきたのだと思う。言ってみれば、これは弟であることの宿命だ。幼い頃はなにか
につけては兄と一緒に遊びにいったものだし――たいてい兄の友人に泣かされた――
70~80年代の文化のほとんどを僕は兄から吸収した。草野球があり、空き地ではビー
玉大会が催され、道路ではローラースケートの音が響き、部屋には不恰好なラジカセが
あった。小学生の頃から洋楽を聴いていたのも兄の影響だ。a-ha、カルチャークラブ、デ
ュラン・デュランにビリー・ジョエル。シカゴ、バングルス。僕はいまだにときどき、ビリー・
ジョエルやバングルスを聴く。過ぎ去った時代の過ぎ去った音楽。兄はまるで僕を導くよ
うに新しいものを取り入れてはそれに飽き、僕は僕で兄が飽きたものに執着をつづけて
いった。
 兄は作文が巧かった。いつだったか兄は脚本家になるというようなことを言った。兄の
宣言は我が家ではちょっとしたニュースだった。母はいまでもそのコメントを覚えている。
おそらく子供たちがはじめて将来の目標を口にした瞬間だったのだろう。兄の宣言は実
行されない宣言として、そのまま何年も家に残りつづけた。それは果たされることのない
家族旅行のようなものだった。誰もが計画を知っていて、いつかはそこへ行くんだろうな
と思っているような。計画は計画のまま時間だけが過ぎていった。兄の旅立ちの準備は
いっこうにはじまらないように思えた。それは兄なりの長いモラトリアムだったのかもしれ
ない。やがていつしか、弟が兄と同じ宣言をした。それ以来、我が家でのそのポストは
僕のものになり、兄は脚本やものを書くということについては何も言わなくなった。

 20歳くらいを過ぎた頃から、身のまわりの人間関係において、僕は「弟」でいることが
できなくなった。なぜかまわりから「落ち着いてる」とか「大人っぽい」と言われるように
なる。その頃から僕は、友人・知人の関係においての「弟」という役割を捨てた。どちら
かといえば「兄」のような立場でいるほうが関係性をスムーズに築けることに気づいたか
ら。それが僕の本質であるのか、後天的に身につけていったものであるのかはよくわか
らない。おそらく、僕がいまだに弟でいられるのは家のなかだけだ。僕にとって、実家の
心地よさというものは、いまだに弟でいられることと関係があるのかもしれない。もしかし
たら僕は、いい年をしてまだ完全には兄離れができていないのかもしれない。
 僕ら兄弟はときどきメールを交わす。それはたいてい、「帰りにコーラ買ってこい」とか
「ついでにラークを買ってきて」とかその程度のものだ。メールの返信がなかったり、兄
が買い物に行ったきり帰ってこなかったりしたときのことだ。僕はごく稀にではあるが、
事故にでもあったのではないかと心配する。兄が死んでこの世からいなくなったところ
を想像してたまらない気持ちになることがある。
 それから僕はこう思う。馬鹿馬鹿しい、と。

 普通の家族であれば、僕ら兄弟はとっくに離れて暮らしているはずだ。だから僕らも、
いずれは別の場所で生きていくことになるのだろう。いつかは兄も家庭を持つのだろう
し、僕も誰かに出会うのだと思う。離れて暮らすようになった兄弟が変化していくさまを
僕はまだ知らない。すっかり疎遠になるのかもしれないし、いまと変わらない兄弟であ
りつづけるのかもしれない。あるいは、そのときになってはじめて、いまより兄のことが
わかるようになるのかもしれない。
「この麻雀、絶対にトップとれねえよ」
「さて、俺もそろそろはじめるかな」
「なにを?」
「信長の野望オンライン」
「おまえはほんと、昔っからゲーマーだよな」
「兄、人のこと言えねえし」


| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 15, 2007

イガラシ式現代病


 スモーカーが迫害される昨今、煙草を片手に更新してみる。なぜだかはわからな
いけど、僕が親しくしている人はスモーカーが断然多い。先日このブログにときど
き登場しているイガラシさんの家に行ってみたところ、“煙草をやめられる本”など
というものが置いてあり、イガラシさんは煙草を吸う僕に向かって「煙草を吸うヤツ
なんて死んでしまえ! 低脳だね! バカだね!」と言いながら、当然のように自
分も煙草を吹かしていた。おそらく、僕の前にいたイガラシ(敬称略)は無駄な読
書をしていたのだと思われた。お気の毒。

 そんなイガラシさんは相変わらず彼そのものであり、久々に会ったのにもかかわ
らず「女の子紹介してよ!」とか声高に言われる。「いやいや、俺もソロなんですけ
ど」と返答してみたが、「そんなの関係ないよ! 周りの女の子紹介してくれれば
いいじゃん!」とか東京的な語尾で身を乗り出してくる。ついでに「duzzくんにはあ
げないけど、俺ひとりでサーモン丼を食べる」などと宣言し、ひとりで手製のサーモ
ン丼を食べはじめる始末。サーモンの上にたっぷりタマネギを乗せて。僕はいまで
もあのタマネギの匂いを思い出せる
 イガラシさんは分析が大好きな男である。かつてはイガラシ式恋愛ロジックという
名で僕を恐れさせた長広舌を得意としている。常に序章から入るのが彼のスタイ
ル。最近はこれといった恋愛もないらしく、ついに分析するものがなくなったのか、
イガラシさんは僕についての分析をはじめた。サーモン丼を食べながら。

「duzzくんはあれだよね、こう、どっか心を閉ざしてるよね。
普通に人と親しくなるのはうまかったりするけどさ、なんて
いうか現代病? そういうのってどうかと思うよ~。女の子
とかもさ、そういうduzzくんの態度は困ると思うんだよね~、
うん。なんていうか‥‥現代病?」
「現代病、お気に入りのフレーズっすか?」
「そうやってまた話をそらす」
「そもそもイガラシさん、俺と周りの女の子の関係知らない
じゃないですか。いまは別の部署にいるし」
「その周りの子を紹介して。タマネギ臭くない?」
「じゃっかん」
「じゃっかん‥‥かっこいい~」
「えっ、バカにしてます?」
「サーモン安かったんだよね」
「いや、確かにその傾向はありますけどね。でも開いている
人には開いてると思うんですが」
「だから~、現代病?」

 そのようにして、僕は現代病にされた。この会話の骨子は主にイガラシさんが
「現代病」というフレーズを連呼したかったのだと思われ、僕はその叩き台にされ
たようだった。イガラシさんの話は当然まだ終わらない。

「だいたいさ~、職場に女の子たくさんいるんでしょ? 何も
ないほうがおかしいって。普通さ~、気になる子とかできる
でしょ?」
「普通にかわいい子はいると思いますけどね」
「でしょ?」
「いい子も多いですけど。でも、だからといって。年齢も離れ
てますし」
「関係ないよ!(イガラシさん40歳)」
「同じ職場ってのも微妙じゃないですか?」
「関係ないよ!(イガラシさんほぼ無職)」
「紹介した場合、イガラシさん受け入れられるかなあ‥‥」
「関係ないよ! そこは俺がなんとかするよ!(イガラシさん前向き)」

 う~む、この人に女の子を紹介していいものなのか。個人的な評価では、非常
に癖があり、厄介ではあるけれど独創的な魅力を兼ね備えている人物だと思う。
つい最近では、イガラシさんは僕に対してひどく腹を立て、電話で呼び出されたう
えタイマンでの話し合いが行われ、僕も久々にじゃっかん熱くなったが、最終的に
は双方に誤解があったということで和解を迎えた。ちなみに言っておくと、人と向き
合って口論なんぞをするのはやたら久しぶりだった。最高に面倒くさがりである僕
が、そういうことがあっても付き合いをつづけているということは、やはりイガラシさ
んにはなんらかの魅力があるのだろうと。

 僕はいまだかつて、女の子を紹介されたことも紹介したこともない。その記念す
べき第一号になる人がイガラシさんでいいのか? 最近、僕の職場は以前に比べ
てずいぶんと親しさが増し、我々オッサンチームの間では彼女たちを評して、「いや、
マジでいい子たちだよね。いい意味ですげえマトモ」などという会話が飛び交ってい
る。職場で恋愛ネタになったときなど、あまりにも僕とかけ離れた恋愛観――かなり
の確率で嘘偽りなく――を聞かされるので、「もうほんとに幸せになって」と心から発
言したところ、「お父さんみたい」などと言われるduzz33歳。杉並産。そんなわけでい
まや兄的な立場をすっ飛ばして父親的な立場にまで登りつめた僕が、愛着が沸き
はじめた彼女たちにイガラシさんを紹介していいものなのか?

 ‥‥却下します。ごめんね、イガラシさん。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

January 11, 2007

そこにある景色


 職場の喫煙所には背の高い大きな窓があって、そこから新宿の裏側の住宅街を望
むことができる。僕は一日に何回も喫煙所に行くから――さながらスモーカーのアウ
シュビッツ――同じ街の同じ角度を何度となく確認することになる。僕が働くフロアは
高いところにあるので、窓から見える景色の半分以上は空だ。遠くにはくっきりと地
平線が見えて、その左右を這うようにして霞んだ山々。地平線から手前にかけてはミ
ニチュアのような建物が適当に配置されたみたいに四方に広がっている。よく晴れた
日には、風に流れる大きな雲が地域に影を落とし、その影がペーパータオルで拭き
取られた水みたいにすっと消えていくさまを見ることができる。僕はその瞬間がちょっ
と好きだ。

 その日の夕方、いつものように街を眺めていて、昔あの辺りは家族で歩いたことが
あるなと思い当たった。なんの用事で出かけたときだったかはわからない。とにかく
家族で歩いたことがあったはずだ。父と母と兄と僕で。記憶というものはときどき、ふ
いに訪れて人を落ち着かない気分にさせる。いまにして思うと、僕の家はみんなで
出かけることがとても少ない家族だった。思い出せるかぎり、家族四人で旅行に出か
けたのは一度だけだったと思う。親戚の家へ顔を出すときにはたいてい父はいなかっ
たし、毎週のように足を運んでいた祖父の家にはいつだって父の姿はなかった。まだ
幼かったから気にしていなかったが、当時から僕の家族は問題を抱えていたのかもし
れない。父の日々はすでに下降線をたどりはじめていたのかもしれない。
 鮮明ではない当時の記憶を思い返すうちに、僕自身が僕自身の子供を連れて歩く
日が来るのだろうかと思った。ありえそうもない話だ。そんな光景をリアルに思い浮か
べることができなかった。おそらく僕は準備に欠けているか、破綻した夫婦を近くで見
すぎてしまったのだろう。良いイメージが浮かばないものはたいていうまくはいかない。
だから、暮れゆく街を眺め、過ぎゆく現在をただ見つめていた。傾いた陽が建物を淡
い朱色に染めると、いくつかのビルが小さく瞬いた。
 それにしてもあれは、もうずいぶんと昔の話だ。たぶん目的のない人生というものは
あっという間に過ぎていく。目的があっても叶わない人生も同様に。あるいは望みど
おりの人生を生きていても同じことなのかもしれない。なにかをはじめなきゃなと思っ
た。きっと、こうして考えたことさえも、いつかどこかでふと思い出し、あれからずいぶ
ん時間が経ったなあと思うのだろう。「人生はあなたを待ってはくれないのよ」。いま
読んでいる小説の台詞だ。時間にはかぎりがあり、人生は待ってはくれない。

 今年最初の出勤の日、僕が考えていたのはおおよそそのようなことだった。その日、
職場での最後の煙草に火をつけた頃には、外はすっかり暗くなり、背の高い大きな
窓は景色よりも僕自身を映し出していた。早急な結果を求めたり、焦って思考だけを
足早に進めたりすると心のバランスを崩すことを僕は知っていた。メンタルによって日
々の彩りの見え方は変わってくる。そのくらいのことがわかる程度には年を取った。
目を背け過ぎず、目を向け過ぎず、バランスを保って行動すること。日々に小さな楽し
みを見出しながら、少しずつでもやるべきことをやろうと思っている。時間にはかぎり
があり、人生は待ってはくれない。人生は父がふたたび浮上するのを待ってはくれな
かった。だから? 結局のところ、人は自分のペースでしか歩めない。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« December 2006 | Main | March 2007 »