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April 26, 2019

彼女が暮らした街へ会いにいく

 

 平日午前中の東京駅新幹線ホームは、予想していたよりも閑散としていた。ひとりで新幹線に乗り慣れていないわたしは、戸惑いつつも自由席に腰を降ろした。10年連れ添ってきた恋人が病気で入院をすることになり、術後回復するまでの生活も考慮し、実家の方にある病院で手術をすることになった。この10年、彼女と1週間以上――あるいは5日以上?――顔を合わさないことがなかったので、なんだかとても不思議な感じがした。

 新幹線は東京駅を離れ、これまでの彼女の歴史を逆にたどって走りはじめた。窓の外には青空が広がり、4月の入道雲が浮かんでいた。流れていく景色を眺めながら、耳元から流れるレディオヘッドの『High and Dry』を聴いた。誰にも聞かれていないのに言っておくと、わたしはレディオヘッドでは『The Bends』がいちばん好きかもしれない。

 いろんなものが後ろへ過ぎ去っていく。さまざまな建物、陽に映える緑や山々、連なる鉄塔、田園、年齢、かつての自分、夢とか希望とか。いつも仕事で移動する景色を眺めている半分旅行者の方々は、移動しない人に比べて生涯思考時間が長いのだろうかと思ったりした。新幹線は予定の各駅に停車しながら、彼女が暮らした街へ向かっていく。新幹線で止まるくらいだから有名な地名なんだろうけど、あまり移動しない生き物であるわたしには馴染みがなかった。知らない土地には知らない人々が住んでいて、それぞれの人生があるんだろう。願わくば、その日々が平和でありますように。

  彼女が暮らした街のホームにはじめて足を下ろした。大いなる一歩。辺りにはこれまでに彼女との会話で耳にしていた百貨店や駅ビルなどが建ち並んでいた。「なるほど、これがあのエピソードのところね」と思いなから、街を見渡しながら歩いた。病院への行き方は、あらかじめ彼女から詳細なメールとLINEが送られてきていた。東京を離れる前の彼女のいちばんの心配事は、わたしが迷わずに無事に病院まで来れるかということだった。 バスに乗って本を開いた。バスという乗り物は読書に向いているような気がする。紙面を照らす陽の光が心地いいというか。ふと目を向けると、まっすぐな桜並木が花びらを散らしていた。桜吹雪だ。『四月物語』的な美しい風景だったが、誰ひとり足を止めて見上げていなかった。というより、そこには誰ひとりいなかった。東京なら花見で大渋滞になるはずなのに。なんだかものすごく得をした気がした。

 運賃を払ったつもりが「そこは両替」と運転手に突っ込まれつつ、無駄に小銭を増やしてバスを降りる。駄菓子でも買うべきかもしれない。以前からうっかりすることを得意技にしているわたしだったが、最近はさらに拍車がかかった気がする。これが歳を重ねるということなんだろう。病院についたものの、彼女の病室の部屋番号がわからなくなり、とりあえずトイレにいった。なぜならトイレに行きたかったから。それからメールとLINEをあらためて確認するも、部屋番号の記載が見当たらないので――前に見た気がしたけど――彼女にLINEをした。ここで、彼女が世の男たちを評してよくする発言なんかをひとつ。「男の人ってなんであんなにものを探せないの? そこにあるのに」

  術後の彼女はまだ具合が悪そうだった。見舞いに来ていた彼女の母親に挨拶をして、手土産を渡す。病室は個室で清潔感があり、部屋としてはなかなか快適そうだった。翌週に退院して、実家で療養した後、来月くらいには戻れそうとのことでひと安心。 彼女の母親が帰ってから、普段のようにわたしたちは話しはじめた。術後の経過、病院までは迷わずに来れたのか、入院中に読む本は足りているか、部屋番号教えましたよね? 東京に戻ったらいちばん最初にどこへ何を食べにいくか。歩くのがいちばんいいと医師に言われているらしく、決して広くない室内を点滴をつけたままの彼女を支えて歩いた。

「歩くの遅いでしょ?」
「遅いね」
「なんか、わざわざここまで来てもらったのは申し訳ないと思うけど、いつも看病とかしてもらっているから、こういうのに付き合ってもらうのはぜんぜん悪いと思ってないかも」
「確かに。ぜんぜん大変な気がしない」

 病室を時計まわりに歩きながら、彼女と会話を続けた。ずいぶんと便利になったこの世の中では、会えなくてもさまざまな通信手段がある。それでも、結局のところ顔を合わせて話すのがいちばん大切であることに変わりはないんだろうと思った。面会時間が終わる頃になって、彼女の病室を後にした。ここからはまたひとりだ。かつてあれほどひとりが好きだったわたしは、ふたりでいることがずいぶんと当たり前になった。今でもひとりは好きだ。でも、きっと人はふたりのほうがいい。そう思えるようになった。

 夜の東京駅構内の人だかりは、彼女が暮らした街と比べると異常なほどの混雑だった。あまりにも人が多すぎる。みんな急いでいるし、道を譲らない。それでもどこかホッとするのは、やはりここがわたしのホームだということなんだろう。人が多い分だけ、多くの夢や希望があるのかもしれない。あるいは人が多い分だけ、悪意や不親切にあふれているのかもしれない。東京という土地には自分勝手でろくでもないやつが多い。それは、朝の満員電車に乗るだけで誰にでもわかることだ。

 それでもわたしはこの場所で、彼女が元気になって帰ってくるのを待っている。 

 

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