April 25, 2007

短めに現状報告


 少しは仕事を増やしてみたいと思った。去年の暮れくらいに。世の中の職業事情で
言えば、僕は恐ろしいほど自由時間があるタイプの生きものだったから。息がつまら
ない程度にはつづけて仕事があればいいなと。息がつまらない程度というあたりが、
僕という人間の本質を表している気もするけど、とにかくまあ、それなりに仕事を増
やしてみたかったわけだ。去年の暮れからこの四月までに、新しく仕事をくれた会社
が3社。継続的に仕事をもらえるかどうかは別問題としても、それなりに悪くない成
果なのかもしれない。だから、僕はまた売り込みの電話をかける。

 10割バッターの方は相変わらずで、おそらく僕らは悪くない時間を過ごしている。
よく晴れた日には公園で横になって八重桜を眺め、雨の日にはカフェで向かい合っ
てコーヒーを飲んだり、恋人の部屋で音楽を聴いたりしている。ふたりともテレビに
興味がないから、その箱から音声が流れることはほとんどない。煙草を吸いにベラ
ンダに出ると、背の低い住居がいくつも並んで見えて、大通りからは車の排気音が
聞こえてくる。僕らは並んで街を見下ろし、「いい天気だ」とか「ちょっと寒い」とか
「風が気持ちいい」とか当たり前の感想を述べて、その日一日がはじまったことを
確認する。誰かと一緒に時間を過ごすうえで重要なのは、どうでもいいことと大切な
ことの感覚が近いことではないかと思う。それが近ければ、長く一緒にいても我慢
する必要がないし、ストレスを感じることもない。僕らの関係性は秘密裏に進行して
いるので、普段の僕はまるでなにごともなかったように振舞っていたりもする。こう
いうことを書けるのもこのブログだけでmixiには書けない。いくらか面倒だなと感じる
こともあるけど、しばらくはこれでもいいかなと思っている。そんなわけで、海外で活
躍する天才バッターのようにはいかないけれど、いまのところ僕らのボールはまだ
緩やかに高く飛びつづけている。

 最後に隣のガキについて。小学生の頃からなんとなく成長を見守ってきた隣のガ
キは気がつけば高校生になっていたが、今日はマンションの通路で女の子を連れて
いた。それはどんなにがんばっても中1にまでしか見えず、ほぼ間違いなく小学生だ
と思われる女の子だった。エレベーター前で僕に挨拶したガキは、帰っていく小学生
みたいな女の子に「またあとでね」と笑顔を向けていた。またあとで会うらしい。ふた
りの関係性がひどく気になる。大丈夫なのか? 隣のガキ。


 

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April 03, 2007

帰ってきた10割バッター


 この春、僕は10割バッターになった。比喩的に。簡単に言えば、チャンスを見送
るのをやめたということだ。いいボールが見えているのになぜ打たない? そう、
僕は長らく見送り専門のバッターだった。打席には立つ。でも打たない。いいボー
ルだ、それでも見送ろう。6割。うん、やっぱり見送っても平気じゃん。5割。くり返
し。そんなふうにして自ら感情を抑えて打率を下げるのを得意技としていた。そうい
う意味では選球眼だけはやたら鍛えられた。これはいいボール。これは悪いボー
ル。これはストライクと思わせておいてボール球。これはクセ球だけどじつは素直
なボール。その他いろいろ。

 僕のバッティングポリシーは、「我慢ができるなら振るな」だ。本当にいい球であ
るのなら、無意識的に振りにいくはずだと。そして、僕は自分がフルスイングにいく
とどうなるかをよく知っていた。まず、今までのように自分をコントロールできなく
なる。普段が淡白キャラであるだけに、そいつが非常に腹立たしい。だから見送る。
そんな自分を見たくないから見送る。そうすれば、僕はまた平穏でいられるという
わけだ。そういう性質だけに、むしろ低い打率で手を打ったほうがいいのではない
かと考えたこともある。でも、6・7割の打率で振りにいったところで、その後の打率
が安定するのかどうかも疑問だった。もちろん上がるかもしれない。でも、一気に下
がるのかもしれない。さっさと試合終了になる可能性があるなら、振りにいかないほ
うがいい。それはおそらく時間の浪費だし、どちらかが、あるいは両方が負傷するだ
けだから。我慢ができるのなら振らない。これはおそらく僕が歴史的失恋から学んだ
人生哲学であり、自分の身を守る術であったのだと思う。

 いつからだったのか正確にはわからないけど、僕はまた打席に立っていた。困った
ことに、今回のボールはとてもいい球だった。スイングした後のボールの軌道がイメー
ジできるくらいに。もし僕に巧く打つことができたのなら、こんなふうに飛んでいくんだ
ろうなと。それは高く長く飛びそうに思えた。打席に立って、そこまでイメージできるこ
となんてなかなかない。だから僕は迷った。迷っていながら、打席に立っていることが
心地良いことに気づいた。この時間を失いたくないのであれば、あとは振りにいくしか
ない。だから僕は自分と正面から向き合った。そこから都合のいい嘘を排除した。は
っきり言って、僕はたいしたバッターじゃない。ほかの人から見れば退屈な試合なの
かもしれない。きっとそうなんだろう。

 それでもこれは、ほかの誰でもなく僕らの試合だった。もはやこのまま見送りを続
けることはできないように思えた。失う前から気づいているのに、失ってからそれを
やっと認めるなんてうんざりだった。僕はすでに無意識的に振りにいきはじめていて、
ひどく中途半端なフォームになりつつさえあった。このままいくとバランスを崩してしま
いそうな気がした。どうせ自分をコントロールできなくなるのであれば完全に打ちにい
ったほうがいい。たとえ、巧く打てなかったとしても。
 その日、打席に立った僕は、自分のなかに眠っていた情熱を呼び起こしてフルスイ
ングをした。素直に。ストレートに。観客は誰もいなかった。僕ら二人だけだった。打撃
は柔らかな和音を響かせて返ってきた。それは僕の求めていた音だったと思う。その
瞬間、たぶん僕は前より幸せになった。

 10割バッターがフルスイングをして、僕らのボールは飛びはじめた。着地点がどこに
なるのかわからないけど、高く長く飛んでくれればいいなと思っている。

 


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March 17, 2007

ひとり会議議事録


 角膜炎と血膜炎を併発した。弊社調べによれば、これはかなり厄介な症状だ。
なにしろ目がひどく赤い。赤目プロくらい赤い。赤目プロを知らない人は「白土
三平全集」でも読んでくれ。おすすめは「カムイ伝」かな。まあいいや。とにかく
僕の右目はひどく赤くなっていて、秘められた何かしらの能力が覚醒したかの
ような仕上がりだった。レーダーに敵影なし。レーダーに敵影なし。
 午後になってだいぶ落ち着いたけど、腰痛が東洋医学的な一撃によって治っ
たと思ったら、今度は右目だ。最近の僕には異変が多発している。ひとり繁忙
期なのかもしれない。あるいは、何かを変えるときがきているのかもしれない。

 慣れ親しんだスタイルを変えるのはなかなか難しい。で、僕はお得意の自分
との対話をはじめた。自分と対話しながら、これからどうしたいのか、何をしたい
のかと考える。ひとり会議。僕は年に何度かまとまった休みをとってこれをやる。
テーマはそのときによってさまざまだ。最近では今月の頭にやった。変わって
いると思われるならそれでもいい。とにかく僕はそれをやるわけだ。着席。遠慮
のない意見を聞かせてくれ。僕と僕。俺と俺。僕と君。俺とあんた。どれにした
って、ふたりでひとりだ。隠しごとはナシにしようぜ。あんたのことは昔からよく
知ってるからな。その癖もスタイルも。ここが見直しの時期かもしれないってわ
けだ。さあ、話し合おうぜ。時間はいくらでもあるからさ。

 イメージ。まずは想像することからはじめる。で、その景色のなかに身を置い
てみて、どんな気分がするのかと考えてみる。なるほど、こういう感じか。それ
がそうなりうるかもしれない僕の姿であり、君の姿というわけだ。それから、得
るものと失うものを秤にかける。バランス。どちらがいまの自分にとって大切で
あるのか。どちらが今後の自分にとって必要であるのか。賛成票と反対票。僕
の場合は反対票の方があっさり受理されやすい。なぜなら、反対票であれば
現状維持でいいから。賛成票の場合は厄介だ。あんまり考えたくないくらい厄
介だ。だから、しばらくはそこから目を逸らす。目を逸らしてはいられない状況
になるまでやり過ごす。やがてそのときが来てしまったら、僕は大抵こう思う。
なるほどね、と。

 イメージが済んだら、自分の考えを整理して再確認するために書きはじめる。
まずはノートを用意してくれ。ノートの種類はなんでもいい。コクヨとか、コクヨと
か、コクヨとか、どれでも好きなやつを選んでくれ。僕はべつにコクヨの回し者で
はない。うん、そのへんで売ってるやつでいいよ。ペンを手にしたら議事録的に
ひとり会議のもようを書きはじめる。僕の場合なら、今まさに書いているような
文章を書きはじめることになる。でもまあ、文体はどんな感じでも構わない。書
き終わったら、それを読み返してみる。それでいくらかは自分の現状を再確認
することができるはずだ。それでもすべての考えはまとまらないだろう。人は悩
み、迷う生きものなので。「人間は考える葦である」って言ったのは誰だっけ?

 だから僕は考える。また、考える。


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January 26, 2007

ずっとそれを見て育った


 兄はPCの前で少し難しそうな顔をして、それから次の一打をクリックした。休日の
兄はいつも、天気が悪くなければサッカーに出かけていく。その日は雨で、僕ら兄弟
は二人とも家にいた。カーテンの向こうでは微かな雨音がつづき、室内は篭った明る
さに満たされつつあった。最近、兄は麻雀に夢中だ。空いている時間にはいつもオン
ラインの麻雀をしている。よくもまあ飽きずにやるよねと僕は言った。
「そういう時期なんだよ」と兄は答えた。
「麻雀が?」
「若い頃に好きだったものを、またやりはじめる時期」
「それ、ちょっとわかるな」
「だろ?」
「俺のビリヤードみたいなもんでしょ?」
「そう。しかも、今やったほうが昔よりおもしろい」

 僕ら兄弟はいまだに実家で暮らしている。僕が33歳だということは、もう33年も一緒
に過ごしているわけだ。そのわりには、僕は兄のことをあまり知らない。おそらく僕らは
仲のいい兄弟に分類されるだろうし、暇があればよく話もする。でも、僕は兄の本質的
な部分について何も知らないことに気づいた。こういうのって、ちょっと不思議だ。兄の
これまでの人生においての頂点、それから底辺。いつも何を考えていて、何に悩んで
きたのか。そもそも僕は兄が落ち込んでいるところを見たことがない。
 僕ら兄弟は同じ屋根の下で、同じものを食べて、同じ時代を通って育ってきた。生き
物の生産過程でいえば、ほとんど同じような生き物になるはずだ。でも、人間の場合
はちがうらしい。兄はけっこう人付き合いのいいほうで、面倒くさいと文句を言いながら
も人に誘われれば出かけていく。そんな兄ではあるけど、人間関係をけっこうドライに
捉えているのではないかと僕は思っている。それに対して僕は人付き合いがいいほう
ではないし、周りからドライだと思われがちだが、根本的には正反対のタイプなのでは
ないかと思っていたりする。自分でそういうふうに修正してきただけで。
「本当の麻雀じゃないとさ、振り込んでもいい気になるからなんでも切っちゃうんだよな」
「それだと上達しないじゃん」
「言えたな。真面目にやるわ」
「いや、俺はべつにどっちでもいいけどね」

 僕は兄のことを「兄」と呼ぶ。目の前に座っているこの人物に僕は少なからず影響を
受けてきたのだと思う。言ってみれば、これは弟であることの宿命だ。幼い頃はなにか
につけては兄と一緒に遊びにいったものだし――たいてい兄の友人に泣かされた――
70~80年代の文化のほとんどを僕は兄から吸収した。草野球があり、空き地ではビー
玉大会が催され、道路ではローラースケートの音が響き、部屋には不恰好なラジカセが
あった。小学生の頃から洋楽を聴いていたのも兄の影響だ。a-ha、カルチャークラブ、デ
ュラン・デュランにビリー・ジョエル。シカゴ、バングルス。僕はいまだにときどき、ビリー・
ジョエルやバングルスを聴く。過ぎ去った時代の過ぎ去った音楽。兄はまるで僕を導くよ
うに新しいものを取り入れてはそれに飽き、僕は僕で兄が飽きたものに執着をつづけて
いった。
 兄は作文が巧かった。いつだったか兄は脚本家になるというようなことを言った。兄の
宣言は我が家ではちょっとしたニュースだった。母はいまでもそのコメントを覚えている。
おそらく子供たちがはじめて将来の目標を口にした瞬間だったのだろう。兄の宣言は実
行されない宣言として、そのまま何年も家に残りつづけた。それは果たされることのない
家族旅行のようなものだった。誰もが計画を知っていて、いつかはそこへ行くんだろうな
と思っているような。計画は計画のまま時間だけが過ぎていった。兄の旅立ちの準備は
いっこうにはじまらないように思えた。それは兄なりの長いモラトリアムだったのかもしれ
ない。やがていつしか、弟が兄と同じ宣言をした。それ以来、我が家でのそのポストは
僕のものになり、兄は脚本やものを書くということについては何も言わなくなった。

 20歳くらいを過ぎた頃から、身のまわりの人間関係において、僕は「弟」でいることが
できなくなった。なぜかまわりから「落ち着いてる」とか「大人っぽい」と言われるように
なる。その頃から僕は、友人・知人の関係においての「弟」という役割を捨てた。どちら
かといえば「兄」のような立場でいるほうが関係性をスムーズに築けることに気づいたか
ら。それが僕の本質であるのか、後天的に身につけていったものであるのかはよくわか
らない。おそらく、僕がいまだに弟でいられるのは家のなかだけだ。僕にとって、実家の
心地よさというものは、いまだに弟でいられることと関係があるのかもしれない。もしかし
たら僕は、いい年をしてまだ完全には兄離れができていないのかもしれない。
 僕ら兄弟はときどきメールを交わす。それはたいてい、「帰りにコーラ買ってこい」とか
「ついでにラークを買ってきて」とかその程度のものだ。メールの返信がなかったり、兄
が買い物に行ったきり帰ってこなかったりしたときのことだ。僕はごく稀にではあるが、
事故にでもあったのではないかと心配する。兄が死んでこの世からいなくなったところ
を想像してたまらない気持ちになることがある。
 それから僕はこう思う。馬鹿馬鹿しい、と。

 普通の家族であれば、僕ら兄弟はとっくに離れて暮らしているはずだ。だから僕らも、
いずれは別の場所で生きていくことになるのだろう。いつかは兄も家庭を持つのだろう
し、僕も誰かに出会うのだと思う。離れて暮らすようになった兄弟が変化していくさまを
僕はまだ知らない。すっかり疎遠になるのかもしれないし、いまと変わらない兄弟であ
りつづけるのかもしれない。あるいは、そのときになってはじめて、いまより兄のことが
わかるようになるのかもしれない。
「この麻雀、絶対にトップとれねえよ」
「さて、俺もそろそろはじめるかな」
「なにを?」
「信長の野望オンライン」
「おまえはほんと、昔っからゲーマーだよな」
「兄、人のこと言えねえし」


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January 15, 2007

イガラシ式現代病


 スモーカーが迫害される昨今、煙草を片手に更新してみる。なぜだかはわからな
いけど、僕が親しくしている人はスモーカーが断然多い。先日このブログにときど
き登場しているイガラシさんの家に行ってみたところ、“煙草をやめられる本”など
というものが置いてあり、イガラシさんは煙草を吸う僕に向かって「煙草を吸うヤツ
なんて死んでしまえ! 低脳だね! バカだね!」と言いながら、当然のように自
分も煙草を吹かしていた。おそらく、僕の前にいたイガラシ(敬称略)は無駄な読
書をしていたのだと思われた。お気の毒。

 そんなイガラシさんは相変わらず彼そのものであり、久々に会ったのにもかかわ
らず「女の子紹介してよ!」とか声高に言われる。「いやいや、俺もソロなんですけ
ど」と返答してみたが、「そんなの関係ないよ! 周りの女の子紹介してくれれば
いいじゃん!」とか東京的な語尾で身を乗り出してくる。ついでに「duzzくんにはあ
げないけど、俺ひとりでサーモン丼を食べる」などと宣言し、ひとりで手製のサーモ
ン丼を食べはじめる始末。サーモンの上にたっぷりタマネギを乗せて。僕はいまで
もあのタマネギの匂いを思い出せる
 イガラシさんは分析が大好きな男である。かつてはイガラシ式恋愛ロジックという
名で僕を恐れさせた長広舌を得意としている。常に序章から入るのが彼のスタイ
ル。最近はこれといった恋愛もないらしく、ついに分析するものがなくなったのか、
イガラシさんは僕についての分析をはじめた。サーモン丼を食べながら。

「duzzくんはあれだよね、こう、どっか心を閉ざしてるよね。
普通に人と親しくなるのはうまかったりするけどさ、なんて
いうか現代病? そういうのってどうかと思うよ~。女の子
とかもさ、そういうduzzくんの態度は困ると思うんだよね~、
うん。なんていうか‥‥現代病?」
「現代病、お気に入りのフレーズっすか?」
「そうやってまた話をそらす」
「そもそもイガラシさん、俺と周りの女の子の関係知らない
じゃないですか。いまは別の部署にいるし」
「その周りの子を紹介して。タマネギ臭くない?」
「じゃっかん」
「じゃっかん‥‥かっこいい~」
「えっ、バカにしてます?」
「サーモン安かったんだよね」
「いや、確かにその傾向はありますけどね。でも開いている
人には開いてると思うんですが」
「だから~、現代病?」

 そのようにして、僕は現代病にされた。この会話の骨子は主にイガラシさんが
「現代病」というフレーズを連呼したかったのだと思われ、僕はその叩き台にされ
たようだった。イガラシさんの話は当然まだ終わらない。

「だいたいさ~、職場に女の子たくさんいるんでしょ? 何も
ないほうがおかしいって。普通さ~、気になる子とかできる
でしょ?」
「普通にかわいい子はいると思いますけどね」
「でしょ?」
「いい子も多いですけど。でも、だからといって。年齢も離れ
てますし」
「関係ないよ!(イガラシさん40歳)」
「同じ職場ってのも微妙じゃないですか?」
「関係ないよ!(イガラシさんほぼ無職)」
「紹介した場合、イガラシさん受け入れられるかなあ‥‥」
「関係ないよ! そこは俺がなんとかするよ!(イガラシさん前向き)」

 う~む、この人に女の子を紹介していいものなのか。個人的な評価では、非常
に癖があり、厄介ではあるけれど独創的な魅力を兼ね備えている人物だと思う。
つい最近では、イガラシさんは僕に対してひどく腹を立て、電話で呼び出されたう
えタイマンでの話し合いが行われ、僕も久々にじゃっかん熱くなったが、最終的に
は双方に誤解があったということで和解を迎えた。ちなみに言っておくと、人と向き
合って口論なんぞをするのはやたら久しぶりだった。最高に面倒くさがりである僕
が、そういうことがあっても付き合いをつづけているということは、やはりイガラシさ
んにはなんらかの魅力があるのだろうと。

 僕はいまだかつて、女の子を紹介されたことも紹介したこともない。その記念す
べき第一号になる人がイガラシさんでいいのか? 最近、僕の職場は以前に比べ
てずいぶんと親しさが増し、我々オッサンチームの間では彼女たちを評して、「いや、
マジでいい子たちだよね。いい意味ですげえマトモ」などという会話が飛び交ってい
る。職場で恋愛ネタになったときなど、あまりにも僕とかけ離れた恋愛観――かなり
の確率で嘘偽りなく――を聞かされるので、「もうほんとに幸せになって」と心から発
言したところ、「お父さんみたい」などと言われるduzz33歳。杉並産。そんなわけでい
まや兄的な立場をすっ飛ばして父親的な立場にまで登りつめた僕が、愛着が沸き
はじめた彼女たちにイガラシさんを紹介していいものなのか?

 ‥‥却下します。ごめんね、イガラシさん。


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January 11, 2007

そこにある景色


 職場の喫煙所には背の高い大きな窓があって、そこから新宿の裏側の住宅街を望
むことができる。僕は一日に何回も喫煙所に行くから――さながらスモーカーのアウ
シュビッツ――同じ街の同じ角度を何度となく確認することになる。僕が働くフロアは
高いところにあるので、窓から見える景色の半分以上は空だ。遠くにはくっきりと地
平線が見えて、その左右を這うようにして霞んだ山々。地平線から手前にかけてはミ
ニチュアのような建物が適当に配置されたみたいに四方に広がっている。よく晴れた
日には、風に流れる大きな雲が地域に影を落とし、その影がペーパータオルで拭き
取られた水みたいにすっと消えていくさまを見ることができる。僕はその瞬間がちょっ
と好きだ。

 その日の夕方、いつものように街を眺めていて、昔あの辺りは家族で歩いたことが
あるなと思い当たった。なんの用事で出かけたときだったかはわからない。とにかく
家族で歩いたことがあったはずだ。父と母と兄と僕で。記憶というものはときどき、ふ
いに訪れて人を落ち着かない気分にさせる。いまにして思うと、僕の家はみんなで
出かけることがとても少ない家族だった。思い出せるかぎり、家族四人で旅行に出か
けたのは一度だけだったと思う。親戚の家へ顔を出すときにはたいてい父はいなかっ
たし、毎週のように足を運んでいた祖父の家にはいつだって父の姿はなかった。まだ
幼かったから気にしていなかったが、当時から僕の家族は問題を抱えていたのかもし
れない。父の日々はすでに下降線をたどりはじめていたのかもしれない。
 鮮明ではない当時の記憶を思い返すうちに、僕自身が僕自身の子供を連れて歩く
日が来るのだろうかと思った。ありえそうもない話だ。そんな光景をリアルに思い浮か
べることができなかった。おそらく僕は準備に欠けているか、破綻した夫婦を近くで見
すぎてしまったのだろう。良いイメージが浮かばないものはたいていうまくはいかない。
だから、暮れゆく街を眺め、過ぎゆく現在をただ見つめていた。傾いた陽が建物を淡
い朱色に染めると、いくつかのビルが小さく瞬いた。
 それにしてもあれは、もうずいぶんと昔の話だ。たぶん目的のない人生というものは
あっという間に過ぎていく。目的があっても叶わない人生も同様に。あるいは望みど
おりの人生を生きていても同じことなのかもしれない。なにかをはじめなきゃなと思っ
た。きっと、こうして考えたことさえも、いつかどこかでふと思い出し、あれからずいぶ
ん時間が経ったなあと思うのだろう。「人生はあなたを待ってはくれないのよ」。いま
読んでいる小説の台詞だ。時間にはかぎりがあり、人生は待ってはくれない。

 今年最初の出勤の日、僕が考えていたのはおおよそそのようなことだった。その日、
職場での最後の煙草に火をつけた頃には、外はすっかり暗くなり、背の高い大きな
窓は景色よりも僕自身を映し出していた。早急な結果を求めたり、焦って思考だけを
足早に進めたりすると心のバランスを崩すことを僕は知っていた。メンタルによって日
々の彩りの見え方は変わってくる。そのくらいのことがわかる程度には年を取った。
目を背け過ぎず、目を向け過ぎず、バランスを保って行動すること。日々に小さな楽し
みを見出しながら、少しずつでもやるべきことをやろうと思っている。時間にはかぎり
があり、人生は待ってはくれない。人生は父がふたたび浮上するのを待ってはくれな
かった。だから? 結局のところ、人は自分のペースでしか歩めない。


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December 09, 2006

魚群探知機は夢見る


 夢は見るか。

 僕はいまだに夢を見る。新宿の街なかで。音楽を聴きながら、現実から離れて。
いつかたどり着けるかもしれない風景を夢見る。目に映る現実世界では夜の高層
ビルが舗道を見下ろし、冬の装いをした人々が駅へ駅へと歩いていく。街灯から
漏れる薄明かり。マフラーにコート。いくつもの白い吐息。僕も同じように駅へ向か
って歩く。それでも心は別の場所に向かっている。何年か先の景色を思い描いて
いる。


 夢は見るか。

 すっかり見慣れた日常のなかで。変わらない毎日のなかで。社会人であることと、
家庭を持つという責任のなかで。人は想像する生きもので、それは誰にも止められ
ない。違う場所に立っている自分の姿が思い浮かぶのなら、それは動きたがって
いるということだ。仕方がないと思うこともできるし、そこから歩もうと思うこともでき
る。そんなとき、僕ははじめる。いくらかの恐れを抱きながらはじめる。自分の能力
では通用しないのではないかと思いながらもはじめる。そうしないことには、何もは
じまらないことを知っている。


 夢は見るか。

 あなたの街の片隅で。イルミネーションと高層ビルのなかで。自然に囲まれた景
色のなかで。電車を待つ駅のホームで。車のなかで。カフェのテーブルで。職場の
ブースで。ひとりきりの部屋で。大勢の友人たちや知人たちのなかで。恋人と過ご
す時間のなかで。家族を待っている家で、待っている人がいる帰り道で。多くの冴
えない気分の朝と、ときどき訪れる悪くない朝のなかで。その日最初のドアを開け
た、あまりにも小さな世界の果てで。


 夢は、見るか。


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November 17, 2006

いつか髪を切る日


 そんなこんなで、もはや年末になろうかという気配だ。今年一年を振り返ってみたりする手もあるが、後ろを向くとロクなことにならなそうな予感がするのでやめておくことにした。バックミラーのない人生で。事故った場合はお気の毒ということでどうぞよろしく。とりあえず、現在のBGMはDovesとTravis。秋冬には最適な音楽かと思われる。しっかし、なんだかんだいっても僕はUK路線が好きだな。昔っから聴いているので、どのバンドを聴いても身体に浸透するのが早いらしい。英国人に生まれるべきだったのかもしれない。この考えは確実にまちがってるけど。なぜなら、英国には蕎麦がない。東京には空がないくらい、英国には蕎麦がないわけで、ついでに言えばほとんど味覚障害的な国だと思われた。冷静に考えると不思議な国だ。なぜあの味でみんな黙っているのか? 紳士的であるにもほどがある。

 まあいいや。だって僕は英国人じゃないし。どうでもいいけど言ってみた。え~、英国と言えば、来月に英国人であるジュリアン・バーンズの新刊「イングランド・イングランド」が発売されるもよう。これ、けっこう楽しみ。この人、久しく本を出してなかった気がする。そして、最近ようやく「アフターダーク」を読んでみた。「ねじまき鳥」以降、もはや急いで手にしなくてもいい作家になってきた気配すらあり。相変わらず巧いし読ませるけど――短いのであっという間に終わった――現在を描くと違和感があるなあと。ついでに言えばお得意の比喩や誇張にやっつけ感がちょっとあった気が。毎回同じことをやってると本人は飽きるだろうけど、読者はおそらく以前のタッチを求めているわけで、そのへんが作家も難しいんだろうなあと思った。「風の歌を聴け」くらいからリアルタイムで追っている人たちの中には、ここ2・3作で見切りをつけそうな感じさえある。いや、僕は読むけどね。新刊ですぐに手にしなかったとしても。

 いつか機会があったら、髪を短くしようと思っている。それはたぶん、僕のことを誰も知らない場所に行ったときの話で、いつの日になるのかわからない。そもそもそんな日が来るのかどうかさえ知らないが。僕のことを誰も知らない土地であれば、「いや、俺は最初からこの髪だし」って余裕な顔をしていられるし、「うわっ、その髪型はないでしょう」と言われる危険性もないわけだ。リスク回避。うん、クレイジーな父が死んで、東北方面の冴えない家を相続した場合にはその作戦で行こう。そして、短い髪で釣りをしよう。夏には素足で川に入ろう。平気な顔で煙草を砂利道に捨てよう。無駄に家と家の間隔が長い道を歩いて、やたら星が見える夜空を見上げてみたりしよう。仕方がないから、ときどき父を思い返そう。いつか、その土地で誰かと親しくなったらこう言おうと思う。「俺、昔はけっこう髪が長かったんだよね」と。


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October 03, 2006

斜陽


 脳のピークは23歳くらいであるという話を聞いた。それが本当のことであるな
らば、僕の脳のピークは10年前に過ぎ去ったことになる。脳のピークが過ぎて、
夏が去って、今年も10月を迎えた。そして僕は、井上陽水を聴いていたりする。
夢はつまり、想い出のあとさき。そうやって人は、未来とか希望よりも、過ぎて
いった記憶ばかりを抱えて生きていくことになるんだろう。そもそも人ってのは、
蓄積されていく生き物だ。だから、途方もない夢を見るよりも、目に見える現実
を受け入れようとするのかもしれない。それはそれで明らかに正しいことである
し、絶望的なくらいに閉ざされた思考でもある。そんなこんなで、年を重ねるた
びに閉ざされていこうとする扉を意識的にこじ開けながら、僕は今日も生きてい
るというわけだ。

 今日は仕事が早上がりで、時間に余裕があったのでお気に入りの蕎麦屋へ
行った。季節は秋で、鴨せいろにはちょうど良い時期だと思われた。相変わら
ず旨かった。食べ終わる頃には蕎麦湯が用意され、さらにそのあとには蕎麦
茶が出てくる。店内は当然のように和の佇まい。こういうのってひどく和むよな
あ、と思いながらひとりで煙草を吸う。合法ドラッグ。これに関しては誰も僕を
止められない。なぜなら中毒だから。ふたつ隣の席の老人が熱燗を頼んでい
た。こういうときには酒が呑めたらいいなと思う。世の中の女の子たちはよく、
世の中の男たちを総括して、自分に付き合ってくれる程度に酒が呑めればい
いと言う。が、僕はそれすらできない。途中で熟睡してもいいなら話は別だった
が。仕方ないので適度に想像をした。恋人と向き合って座り、彼女は食後に日
本酒やらなんやらを呑んで、僕は煙草を片手に蕎麦茶を飲む。時間はゆっくり
と心地よく流れる。指先のけむり越しに耳を傾ければ、彼女は今日起こった出
来事を僕に話して聞かせてくれる。理想的だ。が、こいつは明らかに想像だっ
た。蕎麦屋で井上陽水バージョンの「ワインレッドの心」を聴いていたのが原因
だったのかもしれない。

 今以上 それ以上 愛されるまで
 あなたのその透き通った瞳の中に
 あの消えそうに燃えそうなワインレッドの
 心を写しだしてみせてよ ゆれながら

 そして、最近思うことは、年を重ねるのは難しいなということ。僕は服装にうる
さいタイプではないが、年齢によって、服装にも似合ったり似合わなかったりす
ることがあるのは知っている。自分では気付かないうちにズレはじめていること
もあるんだろう。それと同じで、肉体とメンタルにもフィットするしないのがあるの
かなと。年相応の心持ちを身につけようとしすぎれば、やたら老け込みそうな気
もするし、変わらずにずっと行こうとすれば、知らないうちに肉体とメンタルのバ
ランスにズレが生じるような気もする。時代がどう流れようと僕のやるべきこと
は同じで、結局のところ、僕は変わりたくないという結論に達しているわけなん
だけど。

 夏まつり 宵かがり
 胸のたかなりにあわせて
 八月は夢花火 私の心は夏模様


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August 19, 2006

ヘルペスの悲劇


 ヘルペスができた。

 ここ一週間くらいどうにもニキビが治らないと思い、皮膚科に行ってみたところ、「こり
ゃニキビじゃなくてヘルペスだよ」と診断される。ヘルペス。どことなくギリシャ神話的
な響きだ。そして、哀しげでさえある。短剣で自分の心臓を貫いたヘルペス。妻を溺愛
し、その美しさを保とうと殺して剥製にしたヘルペス。語呂がいい病名発見。医師から
はヘルペスは体が弱っているというメッセージなので、よく休むようにと言われる。おそ
らく僕はこの世の「よく体を休める序列」の中でかなり上位に名を連ねていると思われ、
これ以上どうやって休めばいいのかよくわからなかったが、医師の発言なので盲目的
に信用することにした。ついでに直射日光に当たりすぎるとよくないとも言い足される。
ルーマニアの城でも間借りしたほうがいいのかもしれない。でも、僕は血があまり好き
ではない。幼い頃、注射で血を抜いた医師に「僕の血を返せ!」とか言いながら襲い
かかった遍歴を持つくらいの男だ。今でも当時の彼の気持ちは理解できない。まあた
ぶん、ひどく若かったということなんだろう。

 塗り薬を処方してもらう。薬の説明書には「ウイルスによる感染症の治療に用いる塗
り薬」と書いてあった。ウイルス。そういう時代だ。どことなく世紀末的な響きですらある。
レミング病じゃなくてよかった。この病気の詳細は「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」参照。
僕にとって青山真治は、「ユリイカ」以外はいいと思った映画がないのに、なぜか見てし
まう監督として分類されている。まあいいや。とにかくウイルスだ。ちなみにウイルスを
辞書で引くとこのような説明をしてくれる。

ウイルス=生物と無生物の中間形とされ、大きさは20~300ナノメートル。外殻はたん
ぱく質からなり、内部に遺伝子のDNAまたはRNAを含む。単独では生命活動を営めず、
生きた細胞に寄生して生活・増殖する。濾過性病原体。バイラス。ビールス。

 なるほど。今の僕は寄生され、ついでに生活して増殖されているわけだ。礼金くらい
徴収するべきなのかもしれない。でも、噂によると礼金制度は日本だけで行われてい
る悪しき習慣であるらしい。ほとんど死語になりつつあるグローバルな視点で考えれ
ば、ウイルスだろうと礼金を徴収するべきではないような気がする。タダ住まいの佇ま
い。近いうちに殺すけど。塗り薬で。大家ご立腹政策。

 そんなわけで本日は、顔にヘルペスの悲劇を背負いながら出勤した。ヘルペスでも
アイスコーヒーを飲んでトーストを食べた。今年はここまで例年にないほど過ごしやすい
夏で、このまま暑い日が続かなければいいなと思う。そろそろ九月になる。また一年が
終わる。ラークが三百円になっても僕の喫煙量は変わらない。職場からは親しい友人
たちが去り、適度な悲しみに包まれていく季節でもある。


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May 16, 2006

フイリヤブラン


 らせん階段の向こうで、都庁の最上部は双子のように並んで、まだ早朝の空気が残
った街を見下ろしていた。僕の身体は日陰の中にあって、組んだ右足は陽の中にあっ
た。昼時は混みあう広場もこの時間は閑散としていて、丸いテーブルのスチールパイプ
が光を受けて輝き、レンガ色の地面にそのシルエットを映し出していた。それはたぶん、
一日のうちで数時間、あるいは数十分しか訪れない光と影の時間で、僕は唐突に与え
られたその空間を満喫していた。
 自分に時間があることに気付いたのはエレベーターの中で、明らかに僕とは出勤時
間の違う人たちを目にしたときだった。更衣室で時間を確認すると10時前。僕の出勤
時間は11時だ。昨日が10時出勤だったので、何も気付かずにここまで来てしまったら
しい。僕はときどき、こういうミスをする。朝、目覚まし時計に起こされ、ここにたどり着く
までに何回くらい時計を見たんだろう? 確か途中でメールも打った。それでも気づい
ていない。もうこれは一生治らないのかもしれない。

 出勤する人々の流れを逆行して広場へ向かった。まだ1時間以上あったが、それは
それで構わなかった。僕は考えごとがしたい気分で、空はよく晴れていたから。静かに
吹く風は澄んでいて、見上げる淡い緑の葉は、陽の光を浴びてところどころで色合いを
変えていた。遅い春の日、僕は心の中でそう呟いた。丸テーブルに陣取って、椅子に
鞄を置き、ローゼズの「Bye Bye Badman」を聴きながら辺りを眺めた。ベンチの横に置
かれた灰皿の前では、黒いスーツを着た会社員が計ったように等間隔で立ち、規則正
しい無造作さのなかで思いおもいに煙草を吹かしていた。スポーツ新聞を手にした初
老の男はぐっすりと眠り込み、一時間後には僕も着替えているはずの制服を着た人た
ちが朝食を頬張っていた。時間と心に余裕があると、普段は目につかないものが見え
てくるものだ。僕はそれまで、わざわざそんなものを読んでみようと思ったことがなかっ
た。そのプレートにはこう書かれていた。

 フイリヤブラン
 ユリ科 園芸品種
 黄色い縁取りの葉が美しく洋風建物によく調和する

 調和。それこそがこの場所にふさわしい言葉のように思えた。光と影、澄んだ空気に
静かな風、頭上には淡い緑の葉、レンガ色の地面、居眠りをする人、音のしない水が
落ち、声の聞こえない人々が親しげに話をしている。遅い春の日、透明感のある音楽、
小さな予感、時間は穏やかに流れ、空に最も近いところでは双子の建物が広場を見下
ろしている。
 僕は幸せな気分で本を読み、しばらくして白いノートを取り出した。ペンを持った影が
ノートに映った。煙草に火をつける。もういちど双子の建物を見上げ、それから僕はこの
文章を書きはじめた。


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May 15, 2006

ユーイングの年に


 はじめてユーイングを見たとき、その大柄な選手はコートのなかで揺るぎない存在
感を発揮していて、彼がリーダーであることに疑問を覚える者はまだ誰もいなかった
と思う。僕は確か20代の半ばくらいで、ニューヨーク・ニックスは宿敵ペイサーズと頂
点を目指して熾烈な戦いをくり広げ、僕は僕で、例によって何者かになろうと叶わな
い思いをめぐらせていた。アルバイトはあまり長く続かず、母はいつも家にいる僕を
見ては「あなた、そんなに家にいてよく飽きないわね」と言っていた。その頃の僕に
とって、世界とは読書と映画と音楽と考えごとであり、執着すべき唯一のチームが
ニューヨーク・ニックスだった。
 ユーイングはマイケル・ジョーダンによってNBAの頂点に立つという夢を打ち砕か
れ、また別の年にはペイサーズのレジ・ミラーの前に屈した。どれだけ挑んでも願い
を叶えられない男。パトリック・ユーイングはそれを身を持って体現しているような選
手だった。最も頂点に近づいたNBAファイナル。そのとき、彼はすでにチームの大黒
柱ではなくなっていた。スプリーウェルとヒューストンのガードコンビに観客は沸き、
同じポジションを争う若手のキャンビーの台頭もあり、心ないファンの間ではユーイ
ング不要論が唱えられた。やがて彼はニューヨークを離れ、ついにはコートを去るこ
とになる。その指にチャンピオンリングが輝くことは一度もなかった。白いユニフォー
ムにはいつも、33番が縫いつけられていた。

 僕は33歳になった。ユーイングの年だ。

 あれからずいぶんと月日は流れた。愛すべきR.E.M.からはドラマーが抜け、ウディ・
アレンは冴えない新作を世に送り続け、サッカーは完全に国民的なスポーツとなっ
て、僕の携帯電話は数回変わった。ニックスは思い切ったチーム改革を行ったが失
敗に終わり、今年もまたプレイオフ出場を逃した。ニューヨークの悲願はまだ叶わな
い。33歳になっても、僕はあの頃と同じ思いを抱きつづけている。自分を取り囲む人
々の顔ぶれは変わったが、煙草は今でもラーク。髪型も相変わらず似たようなもの
だ。おそらく、僕は変わらないタイプの人間なんだろう。人は学ぶ生き物だ。学んで
も、変えられないものがあるということを僕は学んだ。
 僕の目指すところはスポーツのように肉体的な限界がない。そういう意味では恵
まれているのかもしれない。まだ続けられるし、コーチに交代を言い渡されることも、
観客席から「引っ込め」と野次を飛ばされることもない。比喩的にいえば孤独なスポ
ーツだともいえるけど、幸いなことに僕はひとりで取り組むことが好きだ。もし僕に
コーチがいたらきっとこう言うだろう。「伸びるかどうかはわからないが、君はこのス
ポーツに向いている」。

 比喩的な表現を続けよう。33年生きてみてわかったこと。それは、僕は絶対にマ
イケル・ジョーダンにはなれないということだ。おそらく、ユーイングにだってなれない。
一度も頂点に立つことはなかったけど、彼はセンターというポジションでその地位を
確立し、並の選手ではたどり着けない立派な記録も残した。彼が背負った33番は
永久欠番になった。そう、僕はジョーダンにもユーイングにもなれない。でもたぶん、
ユーイングのように挑むことはできる。33歳として目覚めたその朝、そんなふうに思
った。だから僕は、ユーイングのように生きよう。この先、自ら不要論を唱えることや、
周りから「いくらなんでも限界だ」と言われることがあっても、そこにリングがあるかぎ
り下手なシュートを放ちつづけようと思う。これは僕の試合で、ほかの誰のものでもな
い。終わりがあるのであれば、自分で決めればいい。

 ユーイングの年に。
 いつかまぐれでもいいから、そのボールがネットに吸い込まれることを願って。


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April 23, 2006

日々の唄


 その日、僕は休憩時間に本を読んでいて、短編小説の最後の一行を読み終えたと
き、「人はどんなふうにだって生きられるんだ」となぜだか強く思った。理由はよくわか
らない。それほど前向きな物語でもなかったから。目の前の窓ガラスには白い蝶が
張り付いていて、その死んでるのか生きているのかわからない姿の向こうに、青い空
と薄く引き伸ばされたような雲が浮かんでいた。煙草の煙は小さなうねりとなって漂い、
やがて目の前から消えていった。ようやく一息つけた気分だった。おそらく、こんな前
向きな気分は長くは続かない。それでも、悪くない午後には違いなかった。

 休日になると、久しぶりにひとりで街へ出た。欲しかったCDを買って、それからふらっ
とビリヤード店へ。この前、職場の友人たちとビリヤードをしてみたところ、ひどく楽しか
ったから。薄暗い店内の中で、整然と並んだ緑色のラシャが光っていた。ブランズウィッ
ク。経験者にはお馴染みのビリヤード台。昔、バイトしていたビリヤード店もブランズウィ
ックに緑色のラシャだった。開店したばかりで客のいない店内はなぜだか厳粛な感じが
したものだ。その頃、僕はよくジュークボックスでストーン・ローゼズを流しながら玉を突
いていた。

 足元が不安な感じ ぽっかり穴が開いたような
 力が抜けたような感じがするんだ
 情熱の果実と聖なるパンとが
 腹を充たし 頭をやすめてくれる
 朝早い陽の光のなかで
 彼女が見える、彼女がやってくる
 彼女はドラムを打ち鳴らす
 
 店内を見回すと、ひとりで来ているのは僕だけだった。昔はひとりで突いてる人がたく
さんいたし、そういう人はたいてい巧かった。残念ながら、数年のブランクがある僕は決
して巧いとはいえない。玉を並べてブレイクをする。いまひとつちゃんと当たっていない。
チョークをタップにこすりつけるキュッキュッという音。キューで手玉を突いた瞬間のコツ
ンという音。やがて手玉は的球へ当たり、頭の中でイメージした通りの軌道を描いて、
ゴトンという音を上げて的球がポケットに落ちる。そう、僕はこの一連の感覚が好きだっ
た。ビリヤードのいいところは、それをやっているときはほかのことはなにも考えられな
いところだ。照明が薄暗い店ではとくに。僕はそれから二時間くらい、ひとりで集中して
玉を突き続けた。2番をコーナーへ。4番を薄く当ててサイドに流し、次の5番を落としや
すい位置に手玉を出す。5番を引き玉で落としたが、引き過ぎてしまって7番が狙いづら
くなる。仕方なくバンクショット。外れる。昔はこの程度のバンクなら決められた。それは
自分の腕が鈍っていることを確認する作業だった。それでも、玉突きは心地よかった。
正しいショットをすれば的球は落ちるし、間違ったショットをすれば落とせない。そこには
誰にでもわかるルールがあった。二時間後、最後の9番を落として煙草に火をつけた。
そして気付いた。これだけ時間を費やしても、結局のところ僕の出した結論は変わらな
かった。

 向かいの「TOPS」に入って、アイスコーヒーとトーストを注文した。いつもなら座れる店
なのに、今日は満員だったのでバーのテーブル席に通された。バーの方は黒を基調と
した内装で、視線を上げると店名がかたどられたネオンが見えた。壁際には様々な洋
酒の瓶が並んでいた。カウンターには早い時間から酒を楽しむ人がいて、そんな人々
を眺めたりしながら時間を潰し、またしばらく本を読んだ。いい小説だな、と思った。こん
なふうに文章を書けたら素敵だろうと。それから、今後の自分の日々を展望した。おそ
らく僕はまたここから始めるべきで、そのために動かなければならないような気がした。
 薄暗いバーの向こうでは、明るい照明の下で、真っ白な服を着た店員がまた新しい
客を迎えようとしていた。

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January 31, 2006

なぜかFA宣言


 現在、ラトレル・スプリーウェルはニートである。

 NBAプレイヤー、ラトレル・スプリーウェルは悪名高き男だ。おそらくNBA史上、
あるいは有史以前から(ハイ・フィデリティ風)、ヘッドコーチの首を絞めたのは彼だ
けだろう。当時、スプリーが所属していたGSウォリアーズの指揮をとっていたのは
PJカーリシモ。やたら規律を重んじるコーチで、選手に罵声を浴びせることで有名
だったそうだ。基本的にクレイジーであるスプリーウェルは、PJカーリシモの暴言
に耐えられなかったらしく、練習中にいきなり首を絞めにかかるという大技に出る。
たぶん、「ファック!」とか「おまえなんかこうしてやる!」とか叫びながら首を絞め
ていたのだと思われる。そう、彼の名はラトレル・スプリーウェル。クレイジーで根
本的に忍耐力のない男。

 そんな傷害事件でNBAを追放されそうになったスプリーだったが、NYニックス
に拾われた後はチームの中心的な存在となる。そのアグレッシブなプレーはファ
ンを魅了した。持ち前のスピードで常にコートの先頭を駆け抜け、切れのいいドラ
イブで敵の包囲網に突撃し、それほど美しくもないシュートタッチでも得点を重ね
続けた。敵地で重要なショットを決めた後には、「決めたぜ。俺が決めてやったぜ」
と言いたげに観客を見つめて挑発するのが彼の得意技だった。NYのファンたちに
とっては忘れられない98-99シーズン。熱狂の年だ。ニックスはイースタン8位で
ぎりぎりプレイオフに滑べり込み、NBAファイナルまで快進撃を続ける。

 プレイオフ・1stラウンド。いまいち勝負弱いと思われていたアラン・ヒューストンが
劇的なショットを沈める。持病の腰痛を抱えながらもチームの精神的主柱となった
ラリー・ジョンソンは、プレイオフを称して「これは戦争だ」とメディアに言い放った。
そして、NBAファイナル。NYニックス対SAスパーズ。勝利を渇望したスプリーは、
NBA最高のセンターと認知されつつあったティム・ダンカンに点の取り合いを挑む。
満員のマジソン・スクウェア・ガーデン。ダンカンが決めれば、スプリーが意地で決
め返すという展開が続く。最も印象に残っているのは、スプリーのファーストブレイ
クだ。攻撃はスパーズ。敵のパスをカットしたスプリーが、ワンマン速攻をはじめる。
頭上からのカメラはそのシーンを捉えていた。圧倒的なスピードでコートを駆け抜け
ていくスプリー。誰も追いつけない。ボールがネットをくぐった瞬間、マジソン・スクウ
ェア・ガーデンを埋め尽くした満員の観客が総立ちになる。熱狂に包まれるアリーナ。
大音量でBeastie Boys の歌声が響く、「Go! NY Go!!」。NBA史上、あるいは有史
以前から、シーズンを8位で終えたチームがプレイオフ決勝まで上がってくることは
一度もなかった。ミラクル・ニックス。その年のNYニックスを人々はそう呼んだ。残念
ながらニックスは優勝を手にすることができなかった。それでも、彼らは美しき敗者だ
った。僕はあの年のニックスを忘れないし、おそらくそれはNYの人々にとっても同じ
なんだろう。

 NYで数シーズン過ごした後、スプリーはミネソタへ移籍。チームの原動力となっ
たが、なぜかフロントはスプリーと再契約しなかった。いや、これはスプリー側にも
問題があるのかもしれない。NBA専門誌「ダンクシュート」によれば、チーム側はス
プリーに3年で25億2000万の契約延長を申し出たが、スプリーは「俺には食べさ
せていかなければならない家族がいる」というコメントとともに却下したらしい。スプ
リー、君はいったい家族に何を食べさせたいのかね? そんなわけで、スプリーは
年齢と高年棒の問題、さらにはその性格のおかげでいまだにFAなのである。それ
でもトレード・デッドライン(シーズン中に選手と契約することが許されている期日)
までには、どこかしらのチームが彼を獲得するだろうと噂されている。

 で、じつは僕もいまFAだったりする。正確にはまさに今日から。スプリーの真似を
して社長の首を絞めたわけでも、高年棒なわけでもない。ついでに言えばスピード
があるわけでもない。父親がクレイジーなので、僕もクレイジーの血を受け継いでい
るという意味ではスプリーと同じなのかもしれない。お気の毒。
 そんなこんなで、僕は現在、諸事情によりFAなのである。あんまり好きじゃない
「デアル調」を使ってしまうくらいニートなのである。わかりやすく言うと、会社内の
移籍交渉がスムーズにいっていないらしい。僕が今シーズン、ほかの部署に移籍
するのか、そのまま引退するのかはいまだ不明だ。ここにはあんまり細かく書けな
いけど、べつに僕がビルを爆破したとか、フロアでいきなりツイストを踊りはじめた
とかそういうのではないです。大げさなことでもなんでもないので、そのへんはご心
配なく。言えることは、おそらく僕もスプリーと同じように根本的に忍耐力のない男
だということ。システマティックとクリエイティブは相反するであろうこと。有史以前か
ら、良い悪いは別として人にはそれぞれスタイルというものがあること。まあ、そうい
うことかと。

 このFAがいつまで続くのかわかりませんが、いまのうちにジャンプシュートの練
習をしてNBA入りしたいと思います(そいつは最高)。


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January 21, 2006

ニューヨークの想い


 年が明けて半ばを過ぎ、ほとんどなかった新年気分もすっかり過ぎ去ると、おな
じみの日常がやってきた。その日常のほとんどの時間を考えごとに費やすタイプ
の人種である僕だけど、最近は本当にその傾向がひどくなってきた。つい先日、
職場で制服をクリーニングに出しにいったところ、エレベータを降りたところで制服
を持っていないことに気付く始末。僕は何をクリーニングしたかったのか? さらに
少し前には、考えごとをしていたせいで駅ビルの女子トイレに突入したし、職場で
は普通に女子更衣室に潜入していた。心ここにあらずで気配が消えていたくさい。
そんなステルス機能搭載。幸い誰にも騒がれず、誰も着替えてなく、そこで遭遇し
た女の子には「ベタな間違いしちゃったね」的な笑みで無罪放免されたが、そのう
ち訴えられるのかもしれない。いまのうちに弁護士を雇っておこう。それでは弁護
士のコメントを。

「そうです、彼は軽度の病気です。考えごとをするとやたら視界が狭くなり、周りが
見えなくなります。昨日は犬に噛まれたまま歩いてました。まるで暴力的な二人
三脚みたいに。ええ、プードルでした。いや、一昨日は柴犬です」

 そんなわけで1月20日。前日、やたらに眠かったのでさっさとベッドへ入ったもの
の、どうにもこうにも寝すぎてしまい、目覚めたら久々に遅刻タイムだった。風呂に
入り、「俺、遅刻したなあ」と思いながら家を出る。それでもコーヒーが飲みたかっ
たので、ドトールでアイスコーヒーを買って歩きながら飲んでみた。STROKESに耳
を傾けながら新宿の街を歩くうちに、そういやこのへんが歴史的失恋をした彼女の
誕生日だったと思い出す。付き合っていた頃から、彼女の誕生日が17日だったか
21日だったか覚えられなかった。なので当然、今でもどっちが正しいのかわからな
い。そもそも僕は、誰かの誕生日を覚えるのが苦手だ。そんなの関係性において
は付属にすぎない気がするので。もっと言えば、覚えてなくても一週間くらい前に
僕に教えてくれればいい気がする。僕は「へえ、そうなんだ」と返事をして、プレゼ
ントなどを用意するわけだ。うん、どこに問題がある? ないね、まるでない。せっ
かく思い出したので、歴史的失恋をした彼女にひとこと。お互い年をとったね、まっ
たく。いま、君の世界には何が映っているのかね? 

 いつもは休憩をプロントで過ごす僕だけど、今日は別の店へ行って本を読んだ。
なぜならもう、プロントの彼女はいないので。僕の友人の勇敢な活躍によって、プ
ロントの彼女はどうやら辞めていたらしいことが判明した。店内で彼女の姿を探す
ことも、少し難しそうな顔をして働く彼女を目にすることも、あの微笑みにやられる
ことももうないわけだ。彼女が辞めてしまったことを知ったその夜、僕が家で話した
会話を誇張なく原文のまま、ここに書き残す。

duzz「家族のみなさんに重大なお知らせがあります」
母 「なに?」
duzz「プロントの彼女が辞めました」
兄 「知らねえよ」

 知らなかったらしい。重大な情報なのに。ついでに彼女が辞めた情報を得てから
僕の中で流行っている、あるいは連呼しすぎなフレーズなんかをひとつ。

 もはや、この街には希望がない。

 そのようにして僕の恋は終わる。最後に、もう二度と会うことのないプロントの彼
女にこんな曲を。ビリー・ジョエルで、「ニューヨークの想い」。

 休暇には大都会を離れて
 どこかへ行きたいという人が多い
 マイアミ・ビーチ あるいはハリウッドへ
 空の旅
 ぼくはグレイハウンドで
 ハドソン・リヴァーの境界線を渡る
 ニューヨークへの想いが溢れんばかりだ

 派手な車やリムジンに乗った
 映画スターもたくさん見たし
 常緑樹の美しいロッキー山脈にも登った
 でも 自分が何を求めているかはわかるんだ
 これ以上時間を無駄にしたくない
 想うのは ニューヨークのことばかり


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January 07, 2006

出遅れぎみに新年のご挨拶


 年明けからヘッドが痛い。僕はついにエスパー化しようとしているのかもしれない。
明日ぐらいには背中から青く光るオーラを出して、「ああああ~!」とか言いながら
どうでもいい岩を手も触れずに持ち上げている恐れもある。おそらく、その瞬間から
友達は去っていくだろう。なぜなら、そんな人うざいので。明日の僕が楽しみだ。

 そんなわけで、2006年の幕開けから現在のこの瞬間までを、僕は毎年恒例の年
末年始の風邪のなかで過ごしている。これで三年連続くらい。年々、抵抗力が弱ま
っているなあと。そんなふうにして人は肉体的にも精神的にも抵抗力を失って、ちゃ
んと生きていくようになるんだろうなあとか思ってみたりもした。

 風邪のせいなのか、昨日は妙な夢を見た。僕のお気に入りのプロントの彼女が、
なぜか僕のクレイジーな父親と付き合っている夢だ。僕は夢の中でひどくショックを
受けていた。そのあと、僕と彼女は二人でモノポリーをした。ちなみに僕はモノポリ
ーをやったことがないし、もちろんルールもしらない。が、それはそれで楽しかった。
彼女の後ろにクレイジーな父親が座っていることを抜きにして考えれば。ここらでク
レイジーな父親に一言。おまえはそこで何をしている?

 年が明けてから、去年得たものと失ったものについて思いを巡らせた。赤字とは
言わないが、大幅な黒字でもないような気がした。それからこの先の一年を展望し
てみた。良くも悪くも先が見えなかった。先が見える人生と、先が見えない人生。
言葉の響きとしてはどちらもいい印象がない。先が見えるといえば終わっている感
じだし、先が見えないといえばどうにもならない感じがする。どうしてもどちらかの人
生を選らばなければならないとすれば、ほとんどの人は先の見えない人生を選ぶ
だろう。僕も同じだ。どうせなら、ほかの言葉で表現できる人生を選びたいけど。

 僕の今年一年が、そして人々の今年一年がどのようなものになるにしろ、とにかく
2006年は時を刻みはじめた。強力なエスパー軍団が輪になって、「ああああ~!」
とか言いながら地球を消滅させないかぎり、この時はもう止まらない。今年という区
切りを、あるいは今から一分先をどう過ごすかはあなたしだい。噂によれば、タイム
マシンに乗って過去へ行き、石ころの位置を少し変えただけでも未来が変わること
があるらしい。実際、本当かどうかはしらないけど、何かアクションを起こせば、何か
が変わるのかもしれないということだ。悩んでいてもどこにもたどり着けない。「思想
より行動が先」って言ったのは誰だっけ? 

 遅くなりましたが、みなさんの2006年が良い年でありますように。
 そして、すべての夢見る若者たちに幸あれ。

 余談ではありますが、僕の今年の目標はエスパーになることです(好きにしろ)。
 

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November 11, 2005

かくも長き不在


 ものを書く人はご存知かと思うが、とにかく文章を書きたい夜というものがあって、
おそらく今夜がそれだった。そんな衝動を満たすべく、とくにネタもないのに書きは
じめてみる。こんなときは脚本を書けばいいんだろうけど、そうそういつも書きたい
物語が浮かんでくるわけでもない。映画の撮影はとりあえず終了して編集待ち。
映画広告的な仕事も昨日で一段落つき、あとにはとくにやることもない時間だけが
残ったというわけだ。

 そんなわけで、年の瀬も後ろ髪くらいは見えつつある11月の木曜日、この夜、僕
はわかりやすく言えば暇なようだった。暇ってのはそれはそれで良いものだ。とくに
悩みもなかったし、これといった気がかりもない。いや、プロントの彼女の姿が最近
あまり見えないのは気がかりだったが。間もなく辞めるのかもしれない。そうしたら
僕は、彼女を求めて旅に出るべきなのかもしれない。うん、そうしよう。まずはマカ
オあたりから。明らかに間違った方向に旅に出ている気がするが、旅人のバイブル
である「深夜特急」もマカオからはじまってたし。

「すみません、マカオの人ですか?」
「そうだな、俺はたぶんマカオの人だな」
「佇まいが素敵な女の人を探しているんですが」
「マカオ人?」
「いや、日本人っす」
「あれなんかどうだ?」
「見たところ、ヒト化の生物ではなさそうですけど」
「ああ、あれは犬だな。場合によってはコリーだな。犬じゃダメなのか?」
「ダメくさいです」

 マカオに彼女はいないような気がしてきた。時間の無駄だ。僕はさらに彼女の面
影を追い求めて旅を続ける。アイルランドはダブリンへ。イメージとしては煉瓦の街。
おそらくどいつもこいつも酒を飲んでる。そんなダブリン市民。とりあえずはパブで
聞き込みを開始してみる。

「女の人を探してるんですが」
「どんな女だ?」
「空気感がとてもいいと思います」
「俺の?」
「いや、あなたではなく」
「ハッハッハッハッ」
「えっ、笑うところ?」
「犬のマネだよ」
「わかりにくいですね、それ」
「俺はいつだってアイリッシュだからな」

 アイルランド人は素面ではいられないらしい。これまた時間の無駄。ようやく海外
に彼女はいないと気付いた僕は、日本へ帰国することにする。うん、かなりの確率
で彼女はこの国にいるね。まずは雑誌売りのオッサンに聞いてみようと思う。

「なあ、オッサン。女の人を探してるんだ」
「人にものを聞くときは敬語を使え」
「はやくも敬語の台詞に飽きたんだよ」
「どんな女だ?」
「イヤリングをしてる」
「そんな女、この街にはごまんといる」
「いつもじゃっかん難しそうな顔をしていて、微笑むと確実にやられる人」
「誰が?」
「俺がやられるね」
「おまえは画家とか作家とか写真家とかそういうのか?」
「えっ、なんで?」
「その手ヤツはたいていイメージから入るからな。目から入る」
「そうなんだ」
「俺の知るかぎり、ものを創るヤツはその傾向が強いな」
「確かにそうかも」
「イメージから入ると難しいぞ。知り合う前に無駄に意識しちまうからな」
「じゃあ、どうすりゃいいの?」
「本質を見ろ」
「どうやって?」
「話すんだよ。ただ、話す」

 なるほど。雑誌売りのオッサン、いいこと言った。話せばいいのか。そいつは簡単
だ。カウンター越しに? え~と、オッサン。言い忘れてたけど、彼女は店員で、俺
ってただの客なんだよね。ついでに言えば、彼女が辞めるのかどうかも不明。三日
くらい前、普通に働いてたし。
 まずい。ネタのなさのあまり、こんなものを書いている自分と遭遇。とりあえず見逃
す方向で。そして、久々に「この人、いいなあ」と思った異性がどこかの店の店員だ
ったりしたそこのあなたに一言。

 お気の毒。

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November 02, 2005

23区の片隅にて  


  これは僕が今までに見た 最も悲しい夕暮れと言ってよかった
  生命の奇跡に立ち帰り 思いは駆け巡っている
  これはそれからもずっとそうだろう
  でも僕の手は疲れ 心は痛んでいる
  世界を半分離れたところで 僕は頭の中で誓おう

 休日、R.E.M.を聴きながら。部屋でぼけっとコピー思案をする。「世界を半分離れ
たところで」というフレーズはいいなと思う。ものを考えるときって、まさにそういう気
分だ。頭の中で試写で見た映画を思い浮かべながら、それにふさわしい言葉を探
す。その瞬間、僕はそこにいながら、そこにいない。不在だ。
 歌詞を書く人は、言葉を選ぶのが巧い。もちろんすべての人ではないけど。世の
中にはたった一言でも響く言葉や、誰かの興味を引ける言葉がある。おそらく言葉
の組み合わせにもよるんだろうけど、これを見つけるのはなかなか難しい。自分で
いいと思っても、ほかの人にも響く言葉であるかどうかはわからない。僕はここに
座って、ときには横になって、ずっとそうした言葉を探すわけだ。言葉をめぐる思考
的な旅。結局のところ僕はそういう作業が好きで、言いようによってはそういうこと
しかできない。

  日曜日の朝早く 彼女の世界は崩れた
  彼女は台所のテーブルから立ち上がり
  新聞をたたんで ラジオを消した
  あの生き物たちはバリケードを跳び越えて
  海へ海へと向かっていた

 仕事の行き帰りにも、音楽を聴きながら考えごとをする。これはもう長年の習性で
やめることができない。そして、僕は中野富士見町行きの電車が嫌いだ。これに乗
ってしまうと、そのままでは家に帰れない。それでも僕はよく乗ってしまう。思考が
世界を半分離れたところにあると、どこ行きの電車であるかなど確認していないか
ら。気がつくと僕は中野新橋のホームを目にしている。そして気付くわけだ。「あっ、
この電車は違う」と。適度な憤りを覚えながらホームへ降りて、中野坂上まで逆方
向へ電車に揺られ、また荻窪行きがやってくるを待つ。電光掲示板が次の電車の
到着時刻を告げる。

  それは長い、長い、長い道のりで
  どっちへ行けばいいのかわからなくて
  君が世界を差し出してくれたら 僕が本当に留まるとでも思った?
  君が世界を差し出してくれても 今度は行かなくちゃいけないんだ

 何かの書類に自分の年齢を書き込む必要があるとき、自分の年齢がわからなく
なるときがある。正確には言えば、自分が31なのか32なのか、あるいは33だった
のかわからなくなる。答えは2だ。自分の姓を紙に書いてじっと眺めていると、その
響きが自分の呼び名ではないと感じられることがあるように、そんなときは大抵、
32という数字が自分にしっくりと馴染まない。どこかの年月や月日だけがすっかり
抜け落ちているような気分になる。最後に必ずこんなふうに思う。ずいぶん大人に
なったものだと。
 それから、街を歩きながら自分がこれまで辿ってきた記憶を探る。いつのまにか
抜け落ちてしまっていたかもしれない景色を見つけようとする。自分以外の人々が
どれくらいの記憶を抱えて生きているのか僕は知らない。僕の32年の記憶の量が
同世代の人より多いのか少ないのかもわからない。ときには、僕が歩んでこなか
った方の道のりを想像しようと努力する。日々と日々の間にある、繋がれることの
なかった別の世界を。が、僕はそれをうまく思い浮かべることができない。だから
たぶん、僕はいまここにいる。

  ねえアンディ 知ってるかい
  ねえ 君は今も池にはまり込んでいるのかい
  アンディ 今もエルヴィスにのぼせてるのかい
  僕らの接触は断たれちゃったのかい

  君が信じるかどうかわからないけど
  彼らは人間を月に送り込んだんだよ
  月の上に人を
  そこにはなんにもないんだ
  たいしたものなんてなんにもないんだ


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October 19, 2005

Karma Police


 語るべきことは何もない夜にものを書く。今日、何本目になるのかわからない煙草
を吸いながら。

 時刻は深夜3時。目の前には烏龍茶のペットボトル、思いつきのワンシーンや台詞
が書かれた紙、それを留めるために使うクリップ、1カートン買うたびに増えていくライ
ター、邪魔なくらい長くなっている前髪、散乱したCD、読んだ本とまだ読んでいない
本。それから、静かな時間。
 
 ひとりでいるとなんでこんなに落ち着くんだろう。最近、こういうのってちょっとまずい
よなと思ったりもする。なぜなら、おそらく人はずっとひとりでは生きていけないので。
それでも、朝のドトールで、休憩時間の店内で、夜の街の雑踏で、耳元から音楽を流
して外界を遮断しているとき、「ああ、なんだか幸せだ」と感じる。
 それは言ってみればある種の隔離状態で、そのあいだ僕はずっと自分だけの世界
に浸っている。目の前の景色がやけに映画的に見えたりもする。停車駅にゆっくりと
滑り込むバスの動き。舗道をゆく足。演出されたみたいに視界を斜めに横切っていく
会社員。人、人、人。アイスコーヒーのグラスについた水滴。店内の光と影。なんとな
く顔に手を当てる。目の前の指が焦点を失って見える。ぼやけた手の輪郭の先に、
カウンターの中で少し疲れたように遠くを眺めている女の子。その横顔と周りの空間
のバランス。いい表情だなと思う。そして、雨。小雨が肌に触れるように落ちてくる。
灰色に曇った空。揺れる、いくつもの傘。ビニール傘があって、青い傘があって、黒い
傘がある。それぞれの傘の下では、僕の知らない数々の人生が歩んでいる。そうした
風景を眺めながら僕は、誰かの物語に耳を傾けてみたいと思う。

 あまりにもひとりの時間が心地良いせいか、このところ、根本的には人嫌いなのか
という疑問を自分に抱いてみたりもしたが、知らない人の人生を聞いてみたいと思う
ということは、やっぱり僕は基本的には人が好きなんだろう。ただ、それと同じくらい
ひとりでいるのが好きなだけであって。

 とりあえず、近いうちに髪を切ろうと思う。


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August 21, 2005

素晴らしきドトールの朝について


 みなさんは素晴らしきドトールの朝をご存知だろうか? それは素敵な時間の話だ。
ドトールならどこでもいいというわけじゃない。大きな窓があって、通りに面していて、
地下でなく――階上なら理想的――ある程度は開放感のある店舗でなければなら
ない。あなたの街でそんなドトールを見つけたら、朝の8時から9時くらいのあいだに
足を運んでみてほしい。注文はお好みで。僕の場合ならアイスコーヒーとベルギーワ
ッフル、あるいはシナモンロール。忘れてはならないのは、必ず窓の外が見える場所
に座ること。

 僕がいつも腰掛ける場所からは、通りに面して四つの大きな窓が見える。並んだ窓
はそれぞれに中央で仕切られているが、上下どちらからも外の世界を覗き込むことが
できる。差し込む陽射し。雑居ビルのあいだから見える空。舗道をゆく人々。その影が
通りに落ちる。お気に入りの音楽を聴きながら、僕は人々の足音を想像する。鈍い色
をしたガードレールが輝き、車道の向かいでは女の子が日傘を差して歩いていく。窓
際のカウンターには出勤を控えた会社員、初老の女性たち。カフェオレをかきまわす
ストローに、メンソールの煙草のけむり。そうしたものに目を移しながら、僕はその日
最初のコーヒーを味わう。パンを食べ終えたら、煙草に火をつけて本を読みはじめる。
おそらく、良い小説と過ごす朝というのは、好きな女の子と目覚める朝に似た静かな
喜びがある。言葉もなく微笑みあって、ただ流れていく時間を眺めるような。僕がその
日、鞄に入れてきたのは「シカゴ育ち」。こんな小説だ。

 それは何の心配事もなく、ひたすら何かに恋い焦がれる日々だった。砂浜に寝そべ
ってサングラスごしに世界を眺める以外、何一つすることもない日々だった。オークス
トリートビーチから見たシカゴの街は、僕らが夢見た街が現実になったみたいに見え
た。絵の具のように青い水平線に浮かぶ白い帆のヨットや、湖岸高速道の向こうで
湖を映し出す高層ビルのガラスの壁を、僕らはのんびりと、こんなもの毎日見てるさ
という顔で眺めた。光を吸い取る青い影はやがて琥珀色に深まり、燃えるようなオレ
ンジ色の太陽はきらきら光るビルの彼方へ沈んでいった。混みあっていたビーチもや
がて空っぽになり、足跡の筋がそこらじゅうに入った砂の上に、あばた面の月がふわ
りと浮かんでいた。もう帰る時間だった。
「廃坑へ戻ろう」僕らのうちの誰かがふざけてきっとそう言った。

 本を読みながら、ふと窓の外を眺める。そうやって窓を通して朝の街に目をやると、
なぜだか空気が澄んで見えるような気がするから不思議だ。世の中は肉眼で見るよ
りガラスを一枚隔てたほうが透明感に溢れて見える。映画でフィルムが及ぼす効果
と同じなのかもしれない。僕はそんなことを思う。窓の外では、人々が同じ方向へと
歩いていく。歩調はさっきより速くなりつつある。ときおり風が吹く。車道に駐車したト
ラックから配達員が荷物を降ろし、横断歩道の前では数分の人だかりが厭世感を共
有している。そして、また思い出したようにガードレールが鈍くきらめく。ドトールから
客が去り、また新たな客が入ってくる。僕はふたたび本を読みはじめる。

 ある晩、39番通りの赤信号を走り抜けようとペパーがエンジンをふかしたとき、トラ
ンスミッションがすっぽり路上に落っこちてしまった。ペパーとディージョと僕は何ブロ
ックも車を押して歩いたが、警官には一度も出くわさなかった。それから道がわずか
に下り坂になり、いったん勢いがつくとシェヴィは惰性で転がっていった。ペパーがな
かに乗り込んでハンドルを握った。キーは入ったままだったので、ラジオはまだ鳴っ
ていた。
「俺たちがどこに向かっているか、誰かわかるか?」とディージョが訊いた。
「どん底に向かってさ」ペパーが言った。

 店内の壁時計が9時を示すころになると、素晴らしきドトールの朝は終わりを告げる。
小説のなかの物語は停止を余儀なくされ、代わりに僕のおなじみの日常が時を刻み
はじめる。現実へ戻ろう。そこはシカゴではなく、日本で、東京だった。煙草を灰皿で
もみ消すと、僕は席を立ってドトールをあとにする。
 肉眼で見る窓ガラスの向こうの世界は蒸し暑く、透明感を失った夏の風景だけが広
がっていた。


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July 26, 2005

雨の日、TSUTAYAの入口で


 亀田プロが在籍するエレキベース一行が、本日7月26日に渡米した。ギターケー
スに期待と不安を詰め込んで、彼らは旅立った。音楽に国境はないらしい。たぶん、
表現手段がパスポート。いいね、それ。成田発のビートニクってわけだ。
 彼らは3週間ほど滞在し、そのあいだライブをして回るらしい。バンドワゴン。街か
ら街へ。窓からは大陸の風、それが彼らの髪を揺らすんだろう。素敵だね。見渡す
かぎりのオレンジ畑。田舎町の土の匂い。口ずさむフレーズ。バンドワゴンは行く、
でこぼこの道が刻むリズムの上を。あるいはどこまでも続くハイウェイを。「なにか
でっかいことをしてやろうぜ」。ここは、R.E.Mが生まれた国。アセンズ・ポップフェス
ティバル2005。想像するだけでわくわくするね。亀田さん、マイケル・スタイプに会
ったら、「日本に最高にあんたを敬愛しているヤツがいる」って伝えてください。そ
んでもって、世界にギターをかき鳴らしてください。実り多き、よい旅を。

 遥かなるアメリカ。でかい国だ。僕はいまだにその地を踏んだことがない。死ぬま
でには一度行きたいな。バンドマンたちに負けないように、僕は僕なりにこの国で
できることをしようということで、部屋にこもって黙々と作業をする。昼下がりになっ
て、「とりあえず映画を見よう」気分になり、TSUTAYAにビデオを借りにいく。予定
より台風の歩みは遅く、まだほとんど雨は降っていなかった。台風7号と名乗るヤ
ツはけっこう気分屋なのかもしれない。もしくは方向音痴なのかもしれない。まだ大
丈夫だと判断して傘を持たずに家を出る。そして道中、余裕で激しい雨に打たれる
始末。出たよ、このパターン。ちなみに以前39度の熱が一週間続いたときも、もと
を正せばTSUTAYAに行く途中に雨に打たれたのが原因だった気がする。例によっ
て学習能力に疑問符。きっと、人はこれをO型全開と呼ぶ。好きにしろ。

 はやくも適度な寒気に襲われながらDVDを物色。主に邦画コーナーをうろつく。
「東京夜曲」はいつになったらDVD化するんだろう? 欲しいんだけど、これ。まあい
いや。とりあえず狙い済まして3本借りることにする。風邪ひく前にさっさと退散しよ
うと思ったが、外では相変わらずの雨が続いていた。仕方ないので、出口でぼけっ
と煙草を吸う。向かいの書店の看板を雨が叩き続けていた。黄色い車が、くすんだ
午後のなかを水飛沫を上げて通り過ぎていった。どうしようかなあと思いつつ音楽
を聴いていたら、突然見知らぬ女の子に話しかけられる。

「あの」
「はい?」
「傘、お持ちじゃないんですか?」
「あっ、はい」
「私、2本ありますからこれどうぞ」
「いや、ほんとですか?」
「はい。捨てようと思ってたので」
「あっ、ありがとうございます」
「これちょっと壊れてるので、開くとき気をつけてください」
「あっ、はい。すみません」

 彼女は微笑んで去っていった。日常における親切と遭遇。ベタなドラマみたいな
展開だって話。ついでに言えば、なかなか素敵な女の子だった。「お礼に食事でも」
とか言うべきだったのかもしれない。あるいは、パン屑とか落としながら帰ろうかとも
思った。ちっ、手元にパンがねえし。お気の毒。傘を開いてみたところ、どこも壊れて
いなかった。帰り道、雨の中を歩きながら小さく微笑んでみたりした。
 そのようにして、僕は濡れずに帰宅することに成功。彼女から貰った傘は、まだ我
が家の傘立てに入っている。彼女のおかげでちょっとばかり印象的な一日になった
ね。僕と彼女に縁があるなら、またいつか出会うに違いない。雨の日、TSUTAYAの
入口で。僕らは視線を交わし、ふと思い当たって静かに微笑み合うだろう。恋のはじ
まり。僕はきっと彼女にこう言うはずだ。今日も雨ですね、と。

 ここでひとつ問題が。
 じつは、もう彼女の顔を覚えてなかったり。(やっぱり、はじまらないらしい)


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July 01, 2005

ピケを張れ


 おそらく誰にでも生活の核になる場所というものがあって、ほとんどの人の場合、
それは自分の家なのだと思われる。世の中には家にいるのが嫌いな人もいるらし
い。家にいるくらいなら表に出て、この世界を闊歩したいと。僕は疑いようもなく、
家にいるのが好きな生き物だ。そして、じつは昔から人を家に招くのが最高に苦
手だったりする。

 生まれてこのかた、数え切れないほど友人の家にお邪魔したが、自分の家に人
を呼んだことはほとんどない。記憶に残ってるのは2回だけ。一度目は小学生のと
き。確かヤベくんと一緒にファミコンをしたような気がする。「ツインビー」とか「魔界
村」とかそういうの。場合によっては「ゼルダの伝説」だったかもしれない。二度目
は今のマンションで、前の恋人がどうしても僕の家に行ってみたいと言い出したの
で。「そいつは無理な相談だね」と言いたいところだったが、二人の関係の性質上、
断ったら面倒なことになるのは目に見えていたので来ていただくことにした。うん、
ほんとにその2回しか記憶にない。32年生きてきて、2回ってすごいな。驚くべき
事実と遭遇。火星人来襲。チャンネルはそのまま(火星人来てるのに?)。

 まあ、そもそも以前の我が家はびっくりするくらいのボロアパートで――それは父
の作家的才能と比例していた――人を招くのに適さない建築物だったということも
ある。壁を通して音楽が聴こえてくるような建築物だ。隣の部屋に住む、お世辞に
も美しいとは言い難い女性は、暇さえあれば深夜にデカい音でバネッサ・パラディ
を流していた。その度に僕は「おっと、この前奏きたよ。またバネッサだし」と思い、
すかさずデカい音で「これでも食らえ」と言いたげにニルヴァーナでやり返すという
闘争が確立されていた。バネッサ対カート・コヴァーン。そこに調和はないね。つい
でに後日談。その女の子は恋人だか不倫相手と夜通し口論をしたあげく――僕は
それを生放送で聞かされた――何かを投げて窓ガラスを割り、終いには引越しをし
てアパートを去っていった。お気の毒。窓ガラスに同情票を一票。

 そんなボロアパートだったわけなんだけど、それでも兄は当時から友人を家に招
いていた。で、現在のマンション。さして広くはないが、人を招くのにはそれほど問
題のない景観であるように思う。兄はよく友人を招いている。いや、最近はそうでも
ないかな? でも以前はよく呼んでいた。兄の恋人がしょっちゅう我が家に来てい
る時期もあった。で、僕はどうか? 呼ばない。なぜかはよくわからないけど、ぜん
ぜん人を招かない。これって精神医学的に何か意味があるのかもしれない。ない
のかもしれない。まあいいや。とにかく僕は、どういうわけか自分の家に人を入れる
のを好まないタイプだということだ。根本的なところでは、社交的な生き物ではない
ということが発覚。新聞の見出しは「duzzの社交性に疑問符。判決は明朝」。裁判
官は懲役2年を宣告(そいつはびっくり)。

 同じ父と母から生まれ、兄と同じ環境で育っているはずの僕だけど、そのへんは
だいぶ違うようだ。僕ら兄弟はけっこう仲が良くて共通項も多い。たぶん喋り方はほ
とんど同じなのではないかと思う。僕らは大抵、人の意見に同意するとき「それ、言
えたな」と答える。昔からの口癖。僕らは二人とも“耳かき”が大好きで、家で耳かき
を見失うと「うわっ、この町には耳掻きがねえ」とか言う。すると、どこからか母が耳か
きを見つけ出し、「あんたたちどこ見てんの? ここにあるじゃない」などと言う。で、
僕らはこう答えるわけだ。「言えたな、それ」。
 
 思うに、兄は家をあまり重要視していない。休日、家にいることはほとんどないし。
それに対して僕は、ユダヤ人で言うところのエルサレムくらい、自宅を神聖視する傾
向にある。ここが僕の聖地というわけだ。ここには僕の好きな音楽があって、素晴ら
しい小説があり、素敵な映画があれば、頭の中には終わらない物語がある。ここは
僕にとっての隠れ家であり、ここが僕にとっての世界の果てだ。僕はここから世の中
を見ている。漠然と思いをめぐらせ、ときに思い沈み、また前向きに生きるための充
電をして、何かを成し遂げようと誓い、いずれその日が訪れる夢を見る。

 イガラシさん風に表現するなら、この部屋そのものが僕の“心のありよう”だとも言
える。だから、よほど心を許した人でないと、ここに人を連れてくるわけにはいかない。
なぜなら、ここは僕の心の中なので。ここに連れてきちゃったらもう逃げ場がないの
で。完全に入り込まれちまうので。そんなのギブなので。どうすりゃいいのかわから
なくなっちまうね。僕には僕のペースがあるのさ。そんなわけで、
 
 ピケを張れ。
 

 ピケ=労働争議の際、労働組合員が事業所・工場の入り口などを固めて、スト破り
 を見張ること。また、その見張り人。ピケ。「―を張る」


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June 27, 2005

んじゃあ僕も、ミュージカルバトン


 エレキベースの亀田プロからバトンが回ってきた。僕は普段、この手の企画モノ
には乗らないんだけど、亀田プロから回ってきたし、暇つぶしにやってみようという
ことで。え~と、説明あったほうがいい? いらない? いる? そうなんだ、じゃあ
亀田プロのブログからのそのままパクって貼ろう。

説明:「バトンが回ってきたら自分のウェブログでいくつかの音楽に関する質問に
回答して、その質問をさらに自分から5人に繋いでいくネット遊びだそうです。アメ
リカの音楽好きブロガーから始まったらしい」

 そうらしい。どいつもこいつも音楽が好きらしい。そいつは素敵。んじゃあ、サクッ
とはじめてみよう(またパクる)。

■今コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量

 え~とね、知らない。適度に入ってるっぽい。正直なところ調べるの面倒くさい。

■今、聴いている曲

 クリムゾン通りを南に抜けた先で
 くさる寸前のブライトン・ピーチかじる
 黒く潰れた種 吐き出して
 ここから咲く花の色を考える
 ラプソディー ラプソディー
 ラプソディー ラプソディー

 世界にギターをかき鳴らせ的なもの。ミッシェルで「ラプソディー」。HDDプレイヤー
 を購入してからというもの、毎日一度はミッシェルを聴いている。そしてミッシェル
 は基本、曲のタイトルをサビで連呼する。そんなわけで、僕も街を歩きながら曲
 のタイトルを口ずさまなければならなくなる。

■ 最後に買ったCD

 R.E.M.の「Around The Sun」か、くるりの「BIRTHDAY」のどっちか。

■よく聞く、または特別な思い入れのある5曲

 歌っておくれよ ピアノ・マン
 今宵 歌っておくれ あの歌を
 俺たち全員 歌い出したい気分なのさ
 ああ 今夜はなんて素敵な夜だろう

 まずは、ビリージョエルで「ピアノ・マン」。おそらく僕はこの歌で洋楽に入った。
 今でもときどき思い出したように聴くので、小6からずっと聴いていることになる。
 
 GUNS N'ROSES「KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR」

 説明不要。映画のなかで、街の通りで、どこかの店で。こいつを聴いちまったばっ
 かりに僕は彼女を思い出す。ちなみ本家のボブ・ディランの方でも同じく思い出す。

 EMF「Unbelievable」

 はい、EMFです。昔そんな若者たちがいました。英国に旅行へ行ったとき、ライブ
 ハウスでEMFを観て、「Unbelievable」が始まった途端に英国人がやたらと前に押
 し寄せ、ひとり日本代表の僕に対してビールの缶とか煙草の吸殻とかFではじまる
 言語とかを浴びせはじめた。大歓迎ってわけかい? 光栄だね。ある意味では忘れ
 られない記憶。けっこう怖かったから(いや、マジでね)。


 戸惑い纏って飛んだ 鮮やかな蝶を 独り
 静かに見つめてた 悲しみを連れて
 出口無くして 森の入口
 絡み付く寂しさで 格好つかないで迷っていたよ
 束ねた譜面を開き 不慣れな手つきで
 奏でたピアノから 聞こえてくるのは
 呼び止める声 出掛けの「さよなら」
 かけてゆく 月の夜 変わりゆく数字 見つめる君に
 火をつけて 森の中 飛べなくなる蝶 見つめて酔いしれていようか

 東京スカパラダイス・オーケストラで「美しく燃える森」。民生が歌ってたやつ。スカ
 パラにはあんまり興味ないけど、この歌だけは妙に好きだ。前の恋人と出会った
 頃によく聴いてた。そのせいなのかもしれない。いま聴いてもいいね、これ。今回
 の更新が終わった後、僕はこの曲をHDDプレイヤーに落とすはず。


 魂を売る必要はないんだ
 彼はすでに僕の中にいるんだから
 魂を売らなくたっていいんだ
 彼はとっくに僕の中にいるから

 憧れられたい
 崇拝されたい

  リアルタイムでローゼズの「憧れられたい」を聴いたときはけっこう衝撃だったわ
 けで、レニだかマニだかのベースの音が遠くから聴こえてきただけでゾクゾクした
 のを覚えている(わかる人だけわかって)。僕は当時、ギターも弾けやしないのに
 やたらとジョン・スクワァイアのギターっぷりに憧れていた。これ、まさに死ぬほど
 聴いた曲だね。

■この人に紹介

 ん~と、未定(えっ?)。僕の知り合いはブログがある人あんまりいないし、つい
 でに音楽が好きでブログがある人は皆無に等しい。そんなわけで亀田プロにお
 返しします(また?)。え~、takさん、これ見てたらバトンを受け取ってください。
 いや、メールで頼めって話ですが。


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June 25, 2005

夏の気配と寂しさと


 なんだかめまぐるしい日々だ。あれが終わったと思えば、これがはじまるというか。
職場ではちょっとした重大発表があり、それを聞いた人々はそれぞれの感慨を抱き、
漠然とこれから先のことを考えはじめている。「いい機会のような気がする」とか「ちょ
うどいいから現状を見つめなおしてみる」という声も聞こえた。そんな中、イガラシさん
37歳からは「そろそろ朗報を届けられるかも」といった感じのメールが送られてきた。
僕は僕で、しばらく停滞していた売り込みをしてみたりしている。今度は少しマトモな
雑誌でライターでもしてみたいなと。季節は春から夏へ移行しようとしていて、梅雨と
呼べるほど雨も降らず、空気はただ蒸し暑い。時計の秒針は常に右回りで、月日は
確実に暦を前へと刻みつづけている。変化の時がやってきているのかもしれない。
当然のことではあるけれど、いつまでもみんなで楽しくってわけにはいかないわけ
だ。寂しいね。

 波風のない日々は退屈だけど、そうであったほうがいいこともある。僕は日常の調
和を保つために、人の話を聞いたり、黙って見守ったり、起こらないほうが望ましいこ
とを未然に防ごうとしたりしている。一年くらい前は最高に辞めたいと思っていたけど、
なんだかんだ言って今ではそれなりにこの職場が好きなんだってことに気づいた。仕
事そのものではなく、自分を取り囲む人々が。僕らは業務という時間を通して、さまざ
まなことを共有している。そこには叶わない夢があり、いくつもの悩みがあり、苛立ち
とうんざり感があれば、くだらない笑いがある。若者がいて、もう若くないヤツらがいる。
ほんとに悪くない人々だ。ありがたいことに人々は適度に僕を気に入ってくれている。
僕は今年で32歳になった。ときどき、自分の人生において、こうした関係っていうもの
はいずれ失われていくんだろうなと思ったりもする。

 そもそも、20代前半の僕の人生的ヴィジョンでは、この年齢になったらもの書きで
食えてるはずだった。予定外とはこのことだって話。そんなわけで、言ってみれば僕
はいま予定外の人生を送ってるわけだ。今日も、明日も。まあ予定通りの人生って
のも、それはそれで刺激に欠けたりするのかもしれないけど。もし予定通りの人生
を歩んでいたら、僕が今まで出会ってきた人たちの半分くらいは違う顔ぶれだったり
するんだろう。劇団に入って、役者の方々と親しくなることもなかったはずだ。不思
議だな、こういうのって。ほとんど偶然だから。僕がこれまで出会ってきた人たちは
ほとんどバイト先の人々。それは、ちょうどその時期にそこで働いていたとか、ちょう
ど職を探してたとか、その日ちょうど求人誌を買ったとか、ついでにちょうど同じ職場
で採用されたとか、そんな偶然が重なってるわけだ。うん、人ってのは新たな環境
で当然のように出会ってるけど、じつはけっこう低い確率で偶然に出会ってることに
なる。

「人生の楽しみってなんだと思いますか?」と人に聞かれたとき、僕はたいてい「人
と出会うことかな?」と答える。それしか思いつかないから。実際、僕はこれまでいろ
んな人に刺激を受けてきたし、いろんな人から多くのことを学んだ。結果的に僕にも
のを書くきっかけを与えてくれた女の子がいて、映画のおもしろさを教えてくれた人
がいて、勇敢に生きる見本を見せてくれた人がいた。で、今の僕があるわけだ。振り
返ってみれば、けっこうな数の良き人々に出会い、僕は恵まれているような気がする。
こんなふうにも思う。どうせなら、僕も今まで出会ってきた人々になんらかのいい影響
を与えることができていればなと。

 そして、今の職場も振り返ってみればそんなふうに思うんだろう。いつまでもこのま
まではいられない。だから、今はここしばらく月日を楽しみたいね。夏が嫌いな僕では
あるけれど、がんばって表に出るよ。あとから思い返したとき、「7月はすげえ楽しんだ
なあ」って思えるくらい。楽しみ過ぎて、夏が過ぎ去った後には寂しさが残るくらいにさ。
みんながこの先どこへ向かうのかはわからないけど、今はまだとりあえず楽しもうよ。
悲しいことは忘れて、バカみたいに大笑いして、「おまえらうるせえよ」ってくらい騒いで。
いつか、悪くない夏だったと思い返せるように。

 人生にはいろいろありますが、みなさんそれぞれの夏を楽しみましょう。夏の記憶は
音楽とともに。最後は例によってサニーデイで、「空飛ぶサーカス」。

 
 夏枯れどき 梅雨晴れの空
 飛行機の音が遠くから聞こえて
 左手に雨 右手に太陽
 真っ赤なジャケット放り投げて行くのさ
 
 太陽が走っていく ねえドライブでもしようよ
 僕らの人生って 空飛ぶサーカスみたいだね

 軒下でちょっとたたずんだ午後
 ラジオの音がどこからか聞こえて
 あれは何の歌?
 退屈な午後
 真っ赤なリンゴほおばって歩こう

 太陽が走っていく ねえドライブでもしようよ
 僕らの人生って 空飛ぶサーカスみたいだね
 

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June 10, 2005

旅情なき日々


 旅情=旅先でしみじみと思い巡らすこと

 僕は旅情を知らない。そもそも生まれてこのかた、旅に出たことが数えるくらいし
かない。以前、「世界の車窓から」という5分くらいのテレビ番組で旅情らしきものを
抱いた覚えがあるけど、たぶんそれは錯覚。なぜなら余裕で部屋の中だったから。
わかりやすく言えば、今いるココで見ていた。ブラウン管から望む異国の景色は、
それはそれで美しかったけど。
 旅情、素敵な響きだ。見知らぬ街の風景に触れて何かを思い、ときには誰かを想
ってみたりするんだろう。そこにある不在。いないからこそ、頭から離れないその姿。
消せない記憶。白い首筋を際立たせる黒髪を思い返す。あの日、君が言おうとした
言葉。その他いろいろ。

 ひとり旅をしてみたいと思っていた。一泊でもいいから。そのために四連休を取っ
てみたが、僕は恐ろしいほど旅行スキルが低かった。ネットで行き先を決めようとす
るだけでうんざりする。自分がどこに行きたいのかさっぱりわからない。そうこうする
うちに休日がやってきてしまい、あとにはこれといって用のない四連休だけが残った。
仕方ない、旅行は来月にしよう。それまでは見慣れたこの世界で思いを巡らせれば
いい。しみじみと。

 とりあえず恵比寿へ、ウディ・アレンの新作を観にいく。ガーデン・プレイスって相変
わらず箱庭的な景観だ。世の中にはこうした作り物の空間が多い。亀戸のサンスト
リートとか(知ってる?)。情緒に欠ける場所ではあったけど、人々は昼下がりを楽し
み、広場ではいくつかのコミュニティが形成されているようだった。若者たちは階段
に座り込んで食事をしていた。見たところ服飾系の学生たち。オシャレだな、みんな。
よくわからないけど、いずれファッション業界に新風を巻き起こしてくれたまえ。どうせ
やるなら、夢は大きくってね。

 映画まで時間があったので、マックでコーラとフィレオフィッシュを買って、僕も景色
に同化する。学生には見えないだろうけど、まあそのへんは気にしない方向で。買っ
たばかりHDDプレイヤーをフル活用しつつ、ベンチに腰かけて食事。見上げれば、い
ちょうの葉が風に靡いていた。群れからはぐれた鳩が一羽だけ、広場の上空を旋回
していた。ビルの外壁を上下する窓拭きのゴンドラ。視線を地上に戻すと、広場の中
央では小さな女の子がアドリブだと思われるステップを披露していた。それぞれの午
後。BGMは久しぶりにサニーデイ・サービス。いいよね、サニーデイ。狙い済ましたよ
うにちょっと古臭い感じが。

  OH BABY そのあとにふたりでちょっとお茶をしよう
  一度行ったことのある喫茶店に もういちどだけ
  なんにもなかったかのように秘密の話でもしよう
 
  胸いっぱいの思い出を 抱えたその両手に傷
  こぼれる涙が物語のはじまり
  夏には咲き誇り 冬には枯れてしまう恋
  昨日と今日と明日を駆ける旅のできごと

 なんだか映画を観ないでこのまま音楽を聴いていたい気分だったが、僕はすでに
チケットを購入してしまっていた。そんなわけで劇場の中へ。びっくりするくらい空い
ていた。アレン、大丈夫なのかい? 君の映画って昔はもっと人気だったような気が。
予告編を眺める。ふ~ん、エミール・クストリッツァの新作もやるんだ。観たいな、これ。
予告編が終わり、映画がはじまる。アレン作品ではすっかりお馴染みになった、黒背
景に白抜きのクレジット。昔ならこれだけでもうわくわくしたんだけどな。アレン、老け
たなあ。完全なる老いぼれだった。退屈ではなかったが、途中で睡魔に襲われ10分
ほど睡眠。なんとか目を覚まして最後まで鑑賞する。‥‥なるほどね、結論を出して
いいかな? アレン、僕は君を最高に敬愛してるし、おそらくこれからも愛し続けるだ
ろうけど、残念ながら君はもう終わってる。悲しいね、こういうの。昔が良すぎたんだ
よ、たぶん。それでも映画を撮り続けてくれ。いつかもう一度、「マンハッタン」みたい
な素晴らしい映画を撮れることを願ってるよ。

 そのあとは、音楽に身を任せて新宿の街をぶらっと散歩。例によってNEWTOPSに
寄ってアイスコーヒーを飲みながら読書をする。いい店だよね、TOPS。老いも若きも
集ってる雰囲気が好きだ。HDDプレイヤーの付属イヤフォンは明らかに音が悪かった
ので、ついでに音の良さそうなイヤフォンを購入して帰宅。
 そんな感じで僕の連休二日目は終了。まあ、悪くない一日だった気がする。旅情
はまるでなかったけど。連休はあと二日。

 余暇は続く。


 追伸
 
 巷は恋の季節らしい。役者に彼に続いて、またもや友人が恋という名の戦場で死ん
だ。昔から僕のサイトを見てくれているみなさんは、もしかしたら彼を覚えているかもし
れない。フクダくん、君のことだ(いま、びっくりしてるくさい)。どいつもこいつも勇敢だ
ね。あんまり落ち込まないように。また今度、向かい合ってコーヒーでも飲もうぜ。悲
しみにやられちまったときには遠慮なく連絡を。居留守気分だったときには、後日折
り返します(えっ?)。そして、ギンさんがこのあとに続かないことを心から祈る。


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May 24, 2005

カーテンコール、その先の日々


 芝居を観にいく。役者の友人と二人で。僕と彼は同年代で、以前に同じ劇団に所属
していた。彼は板の上、僕は演出助手という中途半端なポジション。そもそも、なんで
劇団に入ったんだっけな? 確か、そのとき送っている日々にうんざりして、「劇団って
楽しそうだなあ、入れてくれないかなあ」などと思って飛び込んでみたような気がする。
いくつかの理由があって、僕とその役者の彼は一年程度で劇団を辞めることになるん
だけど。そこには日々の稽古があり、金銭的にリアルな問題があり、そして僕の目か
ら見れば勇敢に生きる人々がいた。結局のところ、この人たちと出会えたのがいちば
んのメリットであったのではないかと思う。

 僕とその彼は知り合ってそろそろ4年になるが、芝居を観にいくときしか会わない。
普段なんとなく会って話をすることもないし、各種通信手段を用いて現状報告するこ
ともない。芝居の前くらいになって唐突にどちらかがメールをする。

「で、行く?」
「じゃあ、土曜のマチネで」

 とかそういう感じ。簡潔なメールによる簡潔な関係性。いや、僕らは歳も同じで、向か
い合って座ればだらだらと長話をしたり、けっこう仲がいい。でも、どういうわけか普段
はまったく連絡を取らない。冷静に考えると、こういうのってちょっと不思議だ。

 その日、僕らが観にいったのは以前に所属していた劇団の芝居だった。板の上では、
お馴染みの面々がお馴染みの芝居を繰り広げていた。かつて稽古に参加していた僕
の目には、この人はここの演技で怒られて、ここでこう演出をつけられて、この先の展
開はこうなるというのが手に取るように見えた。懐かしいね。
 劇団のみんなの間で、僕らは「辛口2トップ」と呼ばれているらしい。なぜなら、僕ら
はおもしろくないものは絶対に褒めないので。本気でやっていることに対して、お世辞
を言ってもプラスにならないというのが僕と彼に共通するスタンスというわけだ。芝居は
無事にカーテンコール。役者のみんなに言わせると、カーテンコールは楽しくないらし
い。役から離れて、素に近い状態で人前に出るのが嫌だと言っていた。僕はこれがけ
っこう好きだったりする。フラットな照明。会場からは拍手。丁寧なお辞儀と、いまさら
ちょっと恥ずかしそうな顔をしている役者の表情。思うに、完全燃焼している女の子っ
て素敵だね。みなさん、お疲れさま。おかげでちょっとした刺激になったよ。

 場所を移して、僕と役者の彼は現状報告会をした。それはいつだってロイヤルホスト
で行われる。この街にはこれといった場所がほかにないので。「ついに32になっちまっ
た気配だよ」、「うわっ、きた。俺も時間の問題だけど」とかそんな話題から。彼はしば
らく演劇から離れていて、けっこう前からここが辞めどきなのかと悩んでいる。「で、マジ
で辞めるの?」と訊いてみると、「微妙」という返事がかえってきた。微妙というパーセン
テージがどのくらいなのか僕は知らない。辞めてほしくないような気がしたが、そこには
けっこう人生的に重いものが関わってくるわけで、状況が痛いほどわかるだけに僕が
楽観的に口を出せる問題でもなかった。

 それから僕らは、視点を変えて話し合った。自分の好きなものばかりを蓄積して大人
になってしまった僕らは、ここからマトモに生きることができるのだろうかと。彼が出した
結論は二年だった。二年、そのくらいであればマトモに働くことができるかもしれない。
が、その後は確実に自分の生活に疑問を持ちはじめ、また何かをはじめるために会社
を辞めるか、そのまま死んだようにごまかしながら生きていくかどちらかしかないと。そ
う言っていた。だいたいにおいて、僕も彼と同意見だった。ひとつ違う点を挙げるなら、
おそらく僕の場合は二年も持たないだろうということ。なぜなら僕は、うんざりスキルが
彼より高いはずなので。そんな高技術。

 それから彼の恋愛話を聞いた。思うに、程度の差こそあれ、人ってのはいつだって
恋をしている。厄介な生きものだ。彼には理由がはっきりわからないのにやたら好きな
人がいるらしい。見た目でも人柄でもなく。いいね、その理由がわからないのに惹かれ
るってところが。本質的な感じがする。それは彼女の雰囲気であり、存在そのものなの
かもしれない。「お互いそこそこに好きな相手が、そこそこの恋愛をするのがいちばんい
い」と彼は言っていた。それ、そこそこしすぎじゃない? 彼曰く、片方の想いが強すぎ
るとバランスが取れず、最終的にはどちらかがひどく傷つくことになるそうだ。試しに、
うまいこと想いが強いふたりが出会ったらどうなるのか訊いてみた。彼の恋愛ロジック
によると結論はこうだ。

 それは奇跡的な確率だから。

 なるほどね。それぞれにそれぞれの哲学あり。僕のこの先の人生に奇跡的な出会い
を期待して。まだ見ぬ恋人というわけだ。僕に運があるのなら、今日この夜、彼女はど
こかで生活しているはずだし。いや、そちらさえよければ、フライングぎみに出会っても
全然かまわないけど。そのへんは遠慮なく。劇的な出会いってのをひとつ頼むよ。目
を奪われて、雑踏の中で立ち尽くすようなヤツをね。

 じゃあまた、と男同士の適度な身振りをして駅で彼と別れた。次に会うとき、まだ彼
が役者という立ち位置であればいいなあと思う。いったい、今まで何人の人々が舞台
に立ち、そこを去っていったんだろう? 成功という主役だけに許された狭きステージ
がある。才能と羨望。うまくいかなかった脇役たちも、カーテンコールの後に人生は続
いていく。きっと、それはバンドマンでもダンサーでも同じことだ。ふとした瞬間に、過ぎ
去りし日の情熱とともに、あの日のスポットライトを思い出してみたりするんだろう。自分
には何が足りなかったのだろうと考えながら。なんだか切ないね。

 うん、すげえ切ない。


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May 11, 2005

過ぎゆく時間と希望というものについて


 31歳、最後の夜。
 得たものと失ったものとを秤にかける。

 目覚めて、32歳の朝。快適な目覚めとは言えそうにもない。眠そうな顔をした素
敵な女の子が、「誕生日おめでとう」とベッドから微笑んでくれる気配もなかった。
なぜなら僕のベッドには掛け布団しか存在していなかったので。そして、僕の知る
かぎりでは布団は喋れない。最初の煙草に火をつける。なるほど、これが32歳の
朝か。新しく何かをはじめるのには遅い年頃で、だからといって何かを諦めることも
まだできない年齢であるような気がした。
 適度に身なりを整えて、世界の果てから街へ出る。
 
 僕が旅に出る理由は だいたい百個くらいあって
 ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
 ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
 みっつめは車の免許を取ってもいいかななんて思っていること

 俺は車にウーハーを(飛び出せハイウェイ)
 つけて遠くフューチャー鳴らす(久しぶりだぜ)
 何かでっかいことをしてやろう きっと
 でっかいことをしてやろう

 音楽を聴きながら渋谷の街を歩いた。でっかいことか。そういうことができたらい
いなと思う。情熱。それを持ち続けられるかどうかの問題だ。そんなことを考えなが
ら辺りを眺める。大型スクリーンでは派手な宣伝が流されていた。交差点では交わ
ることのない人生がすれ違っていた。足元には踏みつけにされた煙草の吸殻が転
がっていた。どこを見ても心を打つものがなかった。それから、いっそのこと希望を
捨てれば楽になるんじゃないかと思ったりもした。
 劇場に入って、「コーヒー&シガレッツ」を観る。退屈な映画だった。ジャームッシュ
だからといって、なんでも賛辞する気にはなれなかった。はじまって20分くらいで眠
りにつき、起きたらケイト・ブランシェットが一人二役をしていた。もうしばらくスクリー
ンを見るともなく眺め、この映画から得るものは何もないと判断して劇場を出た。

 道玄坂。横断歩道。曇り空。通りに面したカフェでは、人々が午後のひとときを楽
しんでいるのが見えた。西暦は2005年5月11日で、僕は32歳だった。雑踏の中を
歩きながら、僕はまた情熱について考え、勇敢に生きるということについて思いを巡
らせた。どこまでやれる? 僕はいつか逃げ出すのかもしれない。これまでの人生
で下したいくつかの決断が間違いであったように思え、何本目かの煙草に火を点け
たところで「いや、これでいいんだ」と思い直したりもした。結局のところそれは、僕が
どう生きたいかということだった。
 
 店に入って、コーヒーを飲みながら読書をした。現時点の僕では、どれだけがんば
ってもその小説レベルの文章を書けそうにもなかった。誕生日なのでシフォンケーキ
を食べる。口に運ぶと、そのへんの女の子でも作れそうな味がした。二つ隣の席で
はスーツ姿の会社員が座っていた。もしかしたら僕より年下かもしれない。立派な男
だ。きちんとした世界に属していて、どこへ出しても恥ずかしくないように見える。自分
が彼のようになりたいかどうか考えてみた。僕が人生に求めているのはそういうもの
ではなかった。

 帰宅して、パソコンの前。まもなく32歳最初の日が終わろうとしている。時間はす
べての人に等しく流れる。それが等しく感じられないのは、きっと密度の違いなんだ
ろう。僕はまた勇敢に生きるということについて考える。僕の周りで勇敢に生きてい
る人々のことを。ティッシュ配りをする食えない役者。チャンスを与えられないクリエ
イター。長髪を切る気になれないバンドマン。それから、何をすればいいのかわから
ない不安を抱えながらも、流れに逆らおうとしている人々。僕にとっては32年目、彼
ら・または彼女らにとって今年が何年目なるのかわからないけど、みんなこの一年
で何かを掴めればいいなと思う。うん、ほんとに。

 今日はなかなかハードな一日だった。31歳のときより、けっこう精神的にこたえた
気がする。なぜなら僕はまだ何も成し遂げていなかったから。たぶん、希望と能力
のバランスがとれていないんだろう。多くの人たちと同じように。明日は親しき人々
と遊びに行く予定なので、そこで気分転換をすることにしよう。その話を兄にしてみ
たところ、「おまえ、バーベキュー似合わないなあ」と言われる。思うに、それは似
合う似合わないの問題ではなかった。肉を焼くか焼かないかの問題だった。

 僕は明日、肉を焼きにいく。


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May 05, 2005

午後22時の後遺症


 前回までの更新でじゃっかん燃え尽きたので、まとまったものを書けそうもない。な
ので、脈絡のない文章なんかを書いてみる。

 う~んと、まずね。着る服がないね。うん、いきなり暖かくなり過ぎだと思う。どのくら
いの服装で歩けばいいのかわかりゃしないって話だ。「じゃあ歩かなければいいじゃん」
と思われるかもしれないけど、人は生きているかぎり歩まなければならないわけで。な
ので、僕は歩くわけですよ。で、なんで今回はこんな口語体で書いているかというと、前
回までの更新で真剣になり過ぎたからバランスをとってるという噂。物事にはバランスっ
てのが大切なんでね。死んだ母親がそう言ってた。(ウソ。生きていまテレビ見てる)

 こういうとき、ソロって不便だな。恋人がいるときは適当に選んでもらってた。女の子
は服が好きだし、疑いようもなく僕よりセンスがいいので。これまで経験からいうと、
僕が恋人に服を選んでもらうと大抵こんな感じの会話になる。

「じゃあもう、これでいいかな?」
「じゃあもうって、まだ見始めたばっかりだけど」
「そうなんだ」
「そんなのより、これにしたら?」
「どれ?」
「これ」
「いや、それは無理」
「なんで?」
「その色は着れないと思うね。むしろこっちの方がいい気がする」
「それ、さっきのとどこが違うの?」
「‥‥素材?(自信ない)」

 今日、みんなにどこで服を買うのか聞いてみた。原宿とか下北で買うらしい。そこか
あ、僕もそこに行っちゃうべきなのかもしれない。でも面倒くさいな。本気で通販導入
を検討しよう。それなら家から出なくていいし。では、多数決を取ります。挙手で発言
してください。はい、そこのパーマ。「通販で」。次、そこの31歳。「通販で」。そこのデ
スクトップみたいな顔したヤツ。「通販で」。えっ、君は誰なの? びっくりしたね。無駄
に角張りやがって。帰れ。黙れ、死ね。まあいいや。じゃあもう通販で。(決定?)

 話題をすっとばして。今日、何度目かの「ニュークリア・エイジ」を読み終えた。素敵で
切ない小説だ。これを僕が書いたことにできるなら、死んでもいい気がするな。僕はそれ
くらいこの小説が好きだし、この小説にはそれくらいの書き上げた感が漂っている。ペー
ジ数は600弱。こういうのを書くのってすげえ労力なんだろうなあと。この小説では60年
代のことが描かれてるけど、現代では何をテーマにものを書けばいいんだろう。足りない
よね、いまこの時代って。何かが足りない。情熱とかさ。勢いとか。それなりに満たされ
てるし、どこかの国の大統領以外はみんな平和主義だ。それでも僕はこの小説の主人
公のように、「爆弾は実在する」というプラカードを掲げる気もない。ということは、結局の
ところ個人の情熱の問題なのかもしれない。

 僕は近いうちにまた年を重ねる。32歳。大人だ。僕の32歳のテーマは「情熱を取り戻
せ」にしよう。いま決めた。恋愛的な意味ではなく、なんていうかこう情熱的に生きる感
じで。あるいは、しゃかりきコロンブス的な感じで。(パラダイス銀河から引用)

 そして、新しくリンクを貼りましたのでご報告。僕には実際会ったことないのにやけに
知り合いのように思えるネット的な知人がいて、そのひとりがこのtakさん。きっと、tak
さんは良い文章を書いていくはずなのでみなさんも足を運んでみてください。このペー
ジの左上の方からどうぞ。

 うん。今日のところはこんなもんで。


 私信

 で、ウナバラくん元気なの? ここを覗いてる暇がないほど忙しそうだけど、暇ができ
たら各種通信手段を用いて連絡して。糸電話じゃない方法でよろしく。カップに穴を空
けるの面倒くさいから。
 

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April 19, 2005

世界の果てへようこそ


 朝目覚めて、まず何を望む? それはたぶん、べつの朝だ。平行に並ぶもうひとつ
車線のような。あるいは、その角をもうひとつ曲がったところにある人生。煙草に火
を点ける。それから室内をU2で満たした。えらく久しぶりに聴いたね、U2。めんどう
だなと思いながら歯を磨く。鏡の中にいる早朝の僕は確実に20代を過ぎていた。
お気の毒、と僕は小さく呟く。

 まだ名前さえついていない通りで
 まだ名前さえついていない通りで
 僕らはいまも築きつづける

 髪を整える。長年自分でいると、自分に飽きてくるって感覚わかる? それでもこ
の世界は僕を中心にまわっていた。支点。両足で、いまこの瞬間を支えること。とき
にはU2気分の一日にしようと思い、「ALL THAT YOU CAN`T LEAVE BEHIND」を
CDウォークマンにセットする。玄関で靴に足を通して、家のドアを開けた。僕にとっ
て、ある意味ではここが世界のはじまりであり、ここが世界の果てだ。
 ここでは時代のうねりを肌で感じることなんてできるはずもない。時は2000年を過
ぎ、僕が憧れる60年代は遥か遠くにあった。ムーブメント。やたら広い農場に集まっ
た若者たち。僕もウッドストックに行きたかったなと思う。6階から見下ろす世界はい
たって普通だった。誰も「革命!」と叫ばなかったし、誰もロウソクに火を灯して街を
行進していなかった。

 心は花のように 石だらけの地面を突き抜けて伸びていく
 でもこの街には部屋がない 借りる場所がない

 ドトールの窓際で本を読む。例によって時計は8時を数分過ぎたところ。アイスコー
ヒーをかき混ぜながら窓の外を見ると、舗道を見知った顔が歩いていた。僕の職場
ではバイトなのに異動があったりする。最近まで、僕は彼女と一緒に働いていて、
何度か煙草を吸いながら話をしたことがある。彼女は歩きながら窓越しに手を振っ
た。笑みを返す。彼女は信号を渡って歩き去っていった。こういうのってちょっといい
よな、と僕は思う。窓越しの二人。目でする会話。ひどく親密な感じがする。微笑み
あうだけで伝わるような。素敵だね。男と女という意味では、僕らはお互いにまるで
興味を持っていなかったけど。

 夜が深く息を吸い込んで
 昼の光に空気がなくなっても
 這っていったら 這って家にたどり着いたら
 君はそこにいてくれるかい?

 朝のエレベーターの中は相変わらず沈黙している。そこはかとない気まずさが漂っ
ている。いまこそ「革命!」と叫ぶべきであるような気がするが、クレイジー扱いされ
そうだから我慢する。ロッカールームに鞄を入れる。昨日まで死んでました、と言い
たげな顔の同僚たち。おはよう、マジ眠いよな。僕はまだいくらか自分の世界を抜け
出せないまま通路を歩く。入館証。警備員。セキュリティゲート。指紋認証。こういう
のって退屈な芝居だね、と僕は思う。整然と並ぶパソコンの電源を入れてまわる。
ひどく機械的な景観にこもった室内の空気。陽射しの当たり過ぎる窓。僕はブライン
ドを降ろしながらこう思う。で、ここには何がある? 何もない。

 ジーザス ちょっと手をとめて
 溺れかけた男に一筆書いてくれますか
 この世に平和を

 フロアが人で増えてくると、ようやく人間味が感じられるようになる。そこには人々
のささやかな営みがある。若者たちは今日も元気だ。若くない奴らも今日を生きて
いる。一日を通して、僕はルーチンワークをこなしながら会話をする。おそらく、この
職場では会話が唯一の救いだ。自分の世界を抜け出して、それぞれの足が支えて
いる世界と接触する。僕らはたわいもない冗談を言う。久しぶりに会った人と現状報
告をする。女の子の話をして、恋の話を聞く。バンドマンや役者たちは活動状況を教
えてくれる。ここには悪くない人たちが揃っている。ときどき、自分を取り囲む人々を
眺めて、僕は恵まれているのかもしれないなと思う。

 美しい日だ 空が降ってくる
 君には美しい日だと思える
 なんて美しい日
 みすみす逃さないで

 親しき人々とそれなりに一日を楽しみ、僕は仕事を終えて家路を辿る。疲労が隠せ
ない年頃になっているのは否めないけど。鍵を使って家のドアを開ける。世界の果て
へようこそ。家族との会話。あんた、よく中途半端に眠れるわね。寝るね、なぜなら
俺は眠いからな。夜が更けてくると目を覚まし、食事をして、いつものようにパソコン
の前で煙草を吸う。今日は何か書けるかな、と考えながら。

 そして、僕はまた世界の果てから夢を見る。

 

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April 06, 2005

決意表明


 さて、そろそろ僕の番だ。

 ここ最近、イガラシさんから“心のありよう”についての話を聞いたり、親しき人々
の密かな夢や今年の野望などを聞いて、僕もはじめなきゃなと思った。就職して
新しい環境に踏み出した人もいる。季節は春。僕だけがここで立ち止まっている
わけにはいかないだろうと。

 いってみれば、これは僕の決意表明だ。決意表明、ちょっとかっこいいね。言っ
たもん勝ちってことでよろしく。あるいは自己暗示。こうして言葉にして書き残すこ
とで自分に暗示をかけ、ついでに逃げ場をなくそうという狙いであったりもする。
僕は暗示に弱いタイプの男だ。なので、星占いなどはここ10年くらい見ていない。
いや、マジでね。雑誌をめくっていてそのページがあると、ものすごい勢いで飛ば
すことにしている。嫌なんだよね、誰かに勝手にラッキーカラーなんかを決められ
るのが。そもそもラッキーカラーってなに? 青い服でも着てればいいことでもある
のかい? 悪いね、占い師さん。あんたの思いつきで僕の日々を左右されるわけ
にはいかないんだよ。どうせ相談するなら、あんたじゃなくて友人にするよ。もっと
深くコミットしている人たちにね。僕の人生にあんたは必要ない。

 この休日を利用して、僕はひとり作戦会議を行った。議題は僕の今後の展開に
ついて。議論は白熱し、それに比例して煙草の吸殻は増えていった。そこには挑
もうとする僕と、逃げようとする僕がいた。僕はこの逃げようとする僕が嫌いだった。
が、こいつは今までずっと僕にまとわりついてきたし、おそらく今後も僕をストーク
しつづけるだろう。厄介なヤツだ。今回、僕はそいつを暗がりから呼び出して、徹
底的に叩きつぶした。暴力的に。そいつが気を失っているあいだに僕は話をまと
め、前向きな結論にたどり着くことに成功した。

 ようやく今後の展開が決まると、いくらかの下準備を行った。無駄に終わるのも
覚悟のうえで。僕は自分を励ました。やらないかぎり、何もはじまらないだろうと。
あとは実行に移すだけだ。
 さっきも書いたように、僕はそれほど勇敢な男ではない。やるって決めたら即実
行ってわけにもいかなかったりする。よほど自信があるのでもないかぎり、自分が
試される場所ってのは怖いものだ。これはイガラシさんのいうところの“心のありよ
う”にも関わってくる問題で、常に心を見張っていないと人は逃げようとする。明日
にしようとか、まずは映画を一本見てからにしようとか、来月に入ってからのほうが
区切りがいいとか、とりあえず今のうちは遊ぼうとか。そうやってごまかしながら問
題を先延ばしにしようとするわけだ。逃げの姿勢で行ったものというのは、ほとんど
の場合、なんの糧にもならないし刺激にもならない。それはわかりきってる。それ
でも人はうまく言い訳を作ろうとする。そして、暗がりからは例のヤツが僕を覗いて
いる。僕は再びそいつを呼び出して叩きつぶした。暴力的に。

 それから、行動を開始した。

 そんなわけでこの休日、僕はやるべきことをやった。ここで決意表明している時
点でもうあとには引けないけど、それはそれで望むところだった。僕が密かに掲げ
た目標を達成するまでには継続的な努力が必要だ。結果はすぐに出ないかもしれ
ない。あるいは結果そのものが出ないかもしれない。それでも、いつかここでみな
さんに朗報を届けることができればいいなと思っている。そして、僕に刺激を与え、
行動を起こす気にさせてくれた友人たちに感謝を。

 ここは実際の僕を知っている人も、実際には僕を知らない人も見てくれていると
思う。いい機会なのでお礼を言っておきたい。どうもありがとう。
 そんなみなさんに一言。さて、次はあなたの番です。四月、決意表明の季節。
心の中でもいいので、どこかの国の大統領より高らかに宣言してください。僕はあ
なたに投票します。例のヤツが「無理だって。やめとけよ」とか囁きはじめたら叩き
つぶしましょう。密かな夢を抱きつづけてください。勇気を持って行動して、いつか
僕に朗報を届けてくれることを願ってます。今日は最後にこの曲をみなさんに送ろ
う。もちろんR.E.M.で、「Losing My Religion」。
 

 ああ 人生はずっと大きい
 君よりもずっと
 そして君は僕ではない
 僕が行こうとしている距離は
 君の目から見れば遙か彼方だ
 僕はあまりにも話し過ぎてしまった
 すべてを言ってしまった

 僕は追い詰められて
 スポットライトに照らされている
 信じる心を失っても 考えをなくすまいとしてる
 でも そんなことできるのかどうかわからない
 ああ あまりにも多くを話してしまった
 それでもまだ言い足りないんだ

 君が笑うのが聞こえた気がした
 君が歌うのが聞こえた気がした
 君が努力するのを見たような気がするんだ


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March 23, 2005

逃亡、あるいは思考的散策


 もしこの世界に、悔いなく満喫しなければならない連休があるのだとすれば、おそら
く今回がそれだった。

 四月も押し迫った火曜日と水曜日。そいつが僕に与えられた連休で、僕はひとりの
時間を確保したいがために友人のライブを二つも断っていた。人付き合いのパーセン
テージで言えば、100パーセント自分を優先していた。失礼なヤツだ。でも、僕はそれ
くらい疲れているように思えたし、そのくらい休暇を欲していたように思う。
 そんなわけで、僕は意地でもこの休日を楽しまなければならなかった。初日は引き
こもりくらいの勢いで在宅全開、まずは肉体的な疲れを癒す。二日目になってふらっ
と街へ出る。いまにも雨が降りそうだったが、歩きたい気分だったので気にしないこと
にした。耳元から流れ込むのは素敵な音楽。NO MUSIC, NO LIFE. 音楽のないとこ
ろに人生はない。まずはStrokesから。

 丘の上、そこが僕たちの始める場所
 遠い昔の小さな物語
 気づかないふりはもうやめにしよう
 そうでないと このゲームはいつまでも終わらなそうだから

 電車に乗る。平気な顔で優先席に座った。なぜならそこは誰も座っていなかったし、
僕はそれほど道徳的な男でもなかったから。音楽に耳を傾けながら目を閉じる。電
車のリズムって眠気を誘うね。なあ、運転手さん。どうせならこのまま、ここではない
どこかへ連れていってくれよ。目を覚ましたらメキシコだったりしたら楽しいね。あんた
もじつは各駅停車で退屈だと思ってただろ? 慎重なんて言葉は嫌いだね。石橋な
んて叩いて割っちまおうぜ。なあ、いまあんたがこの電車を支配してるの知ってる?
せっかく地下鉄なんだから、アンダーグラウンドな活動をするべきだ。あんたが支配
者、なんだってできるさ。遠慮すんなよ、俺もあんたに一票入れるから。まずは次の
駅を無視しようぜ。俺があんたならやるね。いや、マジで。平気だって一度くらい。
ちょっとスピードを上げて、ちょっと夢を見ればいいんだ。好きな女の子がいるなら、
さらっていきな。それから線路の先に、ずっと先に、あんたの見たい景色を思い浮か
べなよ。荒野を貫くハイウェイとか、雪の森の夜空に浮かぶオーロラとか。見えてき
た? いいね、その調子。行こうぜ、一緒に。あんたならできるさ。

 電車はふつうに新宿で止まってた。どうやら故障ではなさそうだった。車掌はマイ
クを通して「新宿~、新宿~、です」とか言っていた。デス・マス調? 腹立たしいね、
それ。このようにして僕の逃亡計画は失敗した。ちっ、度胸のない運転手だよ。
 メキシコ行きを諦めて、新宿の街を歩く。そういや着る服がないなと思い当たる。な
ので、服を買うことにする。ちなみに僕は服を買うのが最高に苦手だ。めんどうくさい
し、自分が何を着たいのかいまいちわからないし、ついでに言えば自分の服のサイ
ズがわからない。

 服を眺めているだけで疲れ果てた。めんどうくさいから適当に一着買った。このまま
では休日が楽しくなくなりそうだったので、店に入ってアイスコーヒーを飲むことにする。
しばし読書。素敵なフレーズの数々。それから親しき人たちへメールを送った。読書
に飽きると、音楽に耳を傾けながら外を眺めて過ごした。小雨のなかを車は流れ、舗
道は傘に彩られ、人々は信号を待ち、またどこかへ向かって歩き出していた。街は息
づいていて、目に入るすべての見知らぬ人々は今日を生きていた。悪くない時間だっ
た。おそらく、僕が求めていたのはこういうひとときだ。耳元ではR.E.M.がこんなふうに
歌っていた。

 オアシスへ2万マイルのところで
 2万年 僕は燃え続けるだろう
 2万のチャンスを無駄にして
 僕は変化の時を待っている

 帰りは雨が強くなったので、タクシーで帰った。マンションのエントランスへ入ると、
見知らぬ女の子がエレベーターを開けて待っていてくれた。髪をおさげにした可愛ら
しい小学生だった。念のために言っておくと、僕は幼児愛者ではない。ここで言う可
愛らしいとは、ふつうの可愛らしさを指す。彼女はその小さな背に、赤というよりピン
ク色にちかいランドセルを背負っていた。
 この日、僕の街への散策は彼女との会話で終わる。

「乗りますか?」
「あっ、ありがとう」
「何階ですか?」
「6階。‥‥学校の帰り?」
「学童クラブです」
「へえ~‥‥学校楽しい?」
「はい、楽しいです」
「雨、ひどくなったね」
「うん。靴、濡れちゃった」
「ほんとだ」
「6階に着きました」
 そう言って、彼女は扉を押さえていてくれた。
「ありがとう。じゃあね」
「さようなら」


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March 03, 2005

下北沢の夜


 下北沢は僕にとって見知らぬ街だ。足繁くまでとはいかないが、それなりに訪れ
たことがあるのにいまいち体に馴染まない。なんでだろう? 風景が横長のせいな
のかもしれない。僕の生息地は、地元を別とすればほとんどが新宿。新宿は疑い
ようもなく縦長の街なので、僕はきっと上の方向に視線を向けることに慣れている
んだろう。見上げる高層ビル。夜空に欠けた月。煙草のけむり。

 Strokesを聴きながら、駅を出て下北沢の街をゆく。右手にビリヤード店。見たとこ
ろ1階はブランズウィックで統一されている。悪くない玉突き台だ。ラシャはお決まり
の緑色。僕は19歳くらいのとき、玉突き屋で働いていたことがある。ジュークボック
スをかけて、スザンナ・ホフスの声を聴きながらベンチで気持ちよく眠っていたらクビ
になった。正当な解雇だと思う。
 そんな記憶を辿りながらビリヤード店の前を通り過ぎると、唐突にラブホらしきもの
がある。駅前で愛の営み。料金まではちゃんと見なかった。なぜなら、僕にはそこに
入るべき理由が見当たらなかったから。その斜め向かいくらいに、本日の待ち合わ
せ場所、ジャズ喫茶“まさこ”がある。

 中に入ると、ウナバラくんがぼろぼろの「ジャズ名盤」とかいう本を読んでいた。僕
がこの店に来るのは今回で2回目。薄暗い店内は良くいえば家庭的だし、悪く言え
ば防空壕かと錯覚するような内装だったりもした。ユダヤ人が迫害されていそうな気
配もじゃっかんあった。ひとりナチズム(思いつき発言)。それでも長らく人々に愛され
てきた空間であるようだ。確かになんとなく落ち着く。カメダさんのライブまでの3時間
を僕らは語り合った。

 ウナバラくんは22歳だか23歳だ。この日も歳を聞いたけど、どっちだったかは定か
ではない。とにかくまあ、素敵な年頃である。彼はクリエイティブな人生を志す若者で、
年齢のわりにはしっかりとしたヴィジョンを持っている。4月には就職が決まっていて、
彼の学生的モラトリアムもあと一ヶ月だ。僕は彼のデザインした作品集を見せてもら
い、彼には僕のコピーが使われた広告を見せた。で、当然のようにクリエイティブ談
義を開始する。途中でバタートーストを頼んで、ウナバラくんに「食べる?」と聞いて
みたところ、「いりません」となぜか一蹴される。なぜ? コーヒーにはトーストなのに。
仕方ないのでひとりで全部食べた。
 お互いにアイスコーヒーをお代わりして、ほとんどジャズに耳を傾けずに喋り続ける。
それは結局のところ、「どうモノを創るか」というより、「なにを選び、どう生きるか」とい
うところに帰結していったように思う。

 7時くらいになって、二人でQUEに潜入開始。北北西に進路を取れ(いや、普通に入
ったけど)。フロアはなかなかの盛況ぶり。職場の仲間たちとも合流して、僕らは奥の
喫煙コーナーに陣取った。最初に女の子の二人組が出てきて――ちゃんとしたバック
バンドで彼女のヴォーカルを見てみたかった気もする――、次にカメダさんたちが登場
した。カメダさんは今日も楽しそうにギターを弾いていた。ひとりだけ帽子を被っていな
かった。隠れパンク精神なのかもしれない。僕らはカメダさんのライブを見守り、外人さ
んが出てきたところで途中退場した。せっかく外国から来たのに申し訳ない。空腹にな
りつつあったもので。ぜんぜん知り合いじゃないけど一応あやまっておくよ。ごめんね、
キャスパー&ザ・クッキーズ。マイケル・スタイプによろしく。

 帰りに職場の仲間たちと食事をして帰途に着く。刺激を受けたという意味で悪くない
一日だった。思うに、最近の僕は力の抜きどころが少しわからなくなっている。年齢と
ともに、いろんなことを、ほんの少しちゃんとしようとか思うようになっているようだ。そい
つもどうかと思うね。世の中的にはそれで正解なんだろうけど、僕の中では間違ってい
るような気がしないでもない。なにを選び、どう生きるか。それをあらためて、僕の今月
のテーゼにしようと思った。


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February 16, 2005

君が正しかった夜


 今日も、僕の部屋ではBadly Drawn Boyが響いている。

 音楽のある休日。素敵だ。なんだか最近はけっこう時間がなくて、今日は久しぶ
りの連休初日。去年まで毎週のように連休を確保していたのに、今年からはそうは
いかないようだ。いつもいつも思うんだけど、自由な時間がないと人は確実に腐って
いく。僕の場合はまずイメージが沸かなくなる。そして、ものが書けなくなる。終いに
は「寝なけりゃいいだけじゃねえか」と思い、翌日ものすごく後悔する。とっても眠か
ったりする。なぜなら僕はもうオッサンなので。お気の毒。

 前にも書いたけど、僕はひとりの時間がないとダメな生き物である。いや、友人と
話したり、みんなで遊んだりするのもそれはそれで好きなんだけど、できれば週に
一度はひとり時間を確保し、それを体内に充電しないとすぐに日々にうんざりしてき
たりする。なので、この連休は誰にも会わず、ほとんど誰とも連絡を取らずに過ごす
ことにした。ひとりでいることって自分との対話でしょう? これって必要なことだと思
うんですよ。人生において、いちばん長く付き合っていくのは自分だから。現状把握。
自分はいま何をすべきなのか。僕はいま何を求めてるのか。そうしたことを、音楽を
聴きながら、煙草を吸いながら考える。

「で、君はなにがしたい?」
「おもしろい脚本を書きたいね」
「書けばいいじゃん」
「書けないから困ってるんだけど」
「つまんないの?」
「つまんないね、つまんないから書いても途中でやめる」
「君の脚本に足りないものが何か知ってる?」
「構成力?」
「ついでに言えばキャラが立ってないね」
「それか」
「それだよ。脚本以外の問題点は?」
「とくにないかも」
「すでに恋人と別れて一年が過ぎてるけど、ひとりでいいのかい?」
「ときどき恋人が欲しいと思うときもあるけど、正直、いまはそれほど必要として
ないな」
「ひとりの方が楽?」
「だね。いまこの瞬間、素敵な女の子が誘ってくれても出かけるのめんどうくさい」
「重症だな」
「その子がピアニストか役者か薬剤師だったら出かけてもいいかも」
「‥‥重症だな。薬剤師とか言い出すあたりが」

 と、まあこんな感じで自分との対話に時間を費やす。そうすることで普段見えていな
いことが見えてきたりする。これが僕の正しい休日の過ごし方。場所は家でもいいし、
街でアイスコーヒーを飲みながらでもいい。とにかくじっくりと腰を据えて自分と対話す
る。あんまり考えすぎると、考えすぎで裏目に出る場合もあるけど。
 たとえば、イガラシさん37歳。これまでの詳細は過去ログで。先日、イガラシさんに
「最近、どうですか?」とメールしてみたところ、こんな返事がかえってきた。

 ポジティブ。
 ポジティブ。
 ポジティブ。
 そう唱える毎日です。

 明らかに考えすぎな人発見。思考的ベトナム化。衛生兵を呼んでくれ。その後、イガ
ラシさんはずいぶん時間が経ってから彼女にメールをしたらしい。が、返事はかえって
こなかった。まさにノーリアクション。終わった感濃厚。お気の毒。
 だからはやく連絡しろって言ったのに。恋愛ってのはタイミングが重要くさいしね。彼
女にとってのイガラシさんは、時間という概念に薄められ、ひどく水っぽくなって、「あれ、
私なんでこんなもの飲んでたの?」って気分にたどり着いてしまったのかもしれない。
彼女はたぶん、もう同じものを注文しない。イガラシさんにとっては悲しいことではある
けど、おそらくそれが現実だ。
 元気出しなよ、イガラシさん。そんなこともあるさ。世の中にはきっと、イガラシさんに
ぴったり合う女の子がどこかにいるはずだから。それまでは音楽でも聴いてやりすごし
な。そう、僕らには音楽がある。R.E.M.がいて、Badly Drawn Boyがいる。あまりにもつ
らいなら話くらい聞くぜ。今日はイガラシさんにこの歌を贈って終わりにしよう。
 Badly Drawn Boyで、「君が正しかった夜」。


 覚えてるよ、シナトラが死んだ夜は何もしてなかった
 それからジェフ・バックリーが死んだ夜も
 それからカート・コバーンが死んだ夜も
 それからジョン・レノンが死んだ夜も
 覚えてるよ、
 ずっと起きててみんなと一緒にニュースを見てた
 思えばたくさんの夜
 思えばたくさんの命
 自分に必要な切符を失ったのは誰だろう?

 で、僕が必死に答えを探してるあいだ、
 きみは普通に日々を送ってた
 昔からきみをワイフにしたかった
 でも僕はなかなかうまいタイミングで聞けなくて
 歌にして適当にごまかしてた 

 歌は決して答えにはならない
 人生のサウンドトラックにすぎない
 あっという間に終わってしまう
 昼が夜になるのを助けてはくれるけれど
 その間ぼくは間違っていて、きみは正しかった


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January 15, 2005

書を捨てよ、髪を切ろう


 タイトルは寺山修司から拝借。べつに寺山修司が好きなわけでもないんだけど。
そんなわけで、とっても面倒ではあるが、心地よい自宅の一室を出て髪を切りに
行くことにする。これから髪を切りに行くのに、髪を整えていくのってすごく無駄な
気がする。世の中には無駄なことが多い。朝の朝礼とか、飲み屋のまずいお通
しとか、「いくつなの?」って聞いて「え~、いくつに見えます?」とか。あんたに
一言いっておくよ。見え方はどうでもいい。

 表参道を「アレンタウン」を聴きながら歩く。今日はなぜだかそんな気分だったか
ら。いまこの街で、ビリー・ジョエルを聴いているのは僕だけだと思われた。オシャ
レ臭全開の街に響き渡る汽笛。いや、この曲は汽笛の音からはじまるもので。流
行なんてどうでもいいね。僕には関係ない。なぜかこの歌が小学校六年生の頃か
ら好きなんだよ。

 僕らはアレンタウンに住んでいる
 安らぎを得ることはできないし
 この町で暮らすのはますます困難になっていく
 僕らはアレンタウンで待っている

 おそらく僕も何かを待っている。それは人生の転機かもしれないし、劇的な出会
いなのかもしれない。でも、みなさんご存知のとおり、この世の中では自分から動
かないかぎり何も得られない。たぶんそれは日本でもニューヨークでも同じことだ。
だから、あがいてみる。たとえそれがどうにもならなかったとしても。僕はものを書
き続け、夢見る歌姫たちは今日もレッスンに通い、イガラシさんはいまも彼女を思
い続けているのだろう。ビリー・ジョエルは「アップタウン・ガール」の中で、手の届
かないものについてこんなふうに歌っている。

 アップタウン・ガール
 彼女は山の手に住んでいる
 裏通りに住む男にはまるで縁がない
 彼女の母親はその理由すら話したことがない
 だから 僕は試してみたいのさ

 鏡の前で髪にパーマ用のピンを取り付けられながら、僕は“試す”ということにつ
いて考える。鏡の中の僕は最高にかっこわるい状態になっているが――サランラ
ップみたいのかぶせられてるし――この際それはどうでもいい。ここでいう“試す”
とは可能性を意味する。ごく稀に「もう充分に試したのではないか」と思うことがあ
る。またときには、「まだまだぜんぜんやってない」と思うこともあったりする。可能
性と限界。終わりはどこにある? ここで、「エドウィン・マルハウス」から長々と引
用。


 ――(中略)彼が持っていた才能とは、要するに、夢想する力の一途さ、そして
 何ひとつ手放すまいとする執拗さだった。晩年、同年代の子供たちが退屈な責
 任と、さらに退屈な快楽とで徐々に希釈されていく中で、一人エドウィンだけは
 水で薄められることを拒み、一人だけ彼は遊び続けた。もちろん天賦の才も少し
 はあっただろう。しかし、今言ったことこそが、最も重要な点なのだ。なぜなら―
 ―僕は読者に問いたい――何かに執着できる能力を天才と呼ばずして、いった
 い何を天才と呼ぶのだろう? 普通の子供なら誰だってその能力を持っているの
 だ。君も、僕も、誰もがかつては天才だった。しかし、じきにその才能は擦り切れ
 て失われ、栄光は色褪せていく。そして七歳にもなれば、僕らはもうひねこびた
 大人のミニチュアになってしまっている。したがって、もっと正確に言うなら、天才
 とは何かに執着する能力を維持する才能である。あるときニ年生になるかならな
 いかのうちに、エドウィンは周りの子供たちが皆その能力を失いつつあることに
 早くも気づいた。そして、ちょうどある種の人々が筋肉を鍛えるように、その能力
 にしがみつき、それを育み、それが衰えないように監視の目を光らせた。おそら
 くエドウィンは、その能力を失うか失わないかで今後の人生のありようが決まっ
 てくることを、本能的に知っていたのだろう。


 何かに執着する能力を維持する才能が僕にどの程度あるのかはわからない。こ
のまえ職場でリーダーになったと書いたが、20代の僕であったら頑なに拒み続けて
いたかもしれない。自分のスタンスを貫こうという意志が揺らぐことはなかったかも
しれない。僕は衰えはじめているのか?

 3時間後、僕の髪はツイスト化していた。ここ何年かずっとツイストパーマだ。ひと
つだけわかっていること。それは、少なくともツイストを飽きずに維持する才能だけは
あるってこと。そいつは素敵。まさに無駄な能力。寝る。(ふて寝?)


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January 10, 2005

ロードムービー


  ロードムービー。常にここではないどこかへ移動していく、あれ。ほとんどの
場合、カメラは路面を捉え、道路の白線や街並が延々と流れていく。人が移動
を続けるように。人生が今日も繰り返されるように。文学における西向きの運動、
自分探し、ビートニク。ニール・キャサディは死んだ。ちなみに僕は、「路上」がそ
れほどいい作品だとは思っていない。

 今日は成人の日らしい。びっくりするくらい遠い日のことだ。僕がそのころ見て
いた景色と、いま現在見ている風景はあまり変わっていない気がする。まだアイ
スコーヒーを飲むようになる前の僕だ。煙草はすでに吸っていた。成人式の日に
は、仲間たちと徒党を組んで公会堂へ向かった。アメリカン・グラフィティ。オッサ
ン顔のリチャード・ドレイファスにだって若き日があった。確かアキオが車を出した
と思う。僕らはそれに文字どおり飛び乗った。BGMは覚えていない。最悪の場合、
MCハマーだったかもしれない。どいつもこいつも似合わないスーツを着込んでい
た。とにかく根拠のない自信だけは溢れていた。オカダは恋人と別れたばかりだ
った。それでも、「俺たちって最高」と思える世代だった。
 フェイドアウト。黒い背景に白字でテロップが浮かびあがる。

 Ten years after――

 東京上空からの俯瞰ショット。街の喧騒。大通りに色彩豊かな車の列、米粒の
ような大きさの人々が行き交う。物語には本筋と枝葉がある。本筋を僕とするな
ら、枝葉は過ぎ去った仲間たちだ。カメラを枝葉に向ける。仲間たちの何人かは
結婚して、すでに子供がいる。ひとりは薬物中毒で刑務所に入ったと噂で聞いた。
「骨太なロックをやりたい」と言っていたモチヅキは、いまは車のセールスをしてい
るらしい。まだ音楽を続けているのかどうか僕にはわからない。なんだかひどく懐
かしいね。どんなかたちであれ、君たちの日々がそれほど悪くないものであること
を願ってるよ。
 
 カメラは新宿の地下通路へ。人々は冬の装い。ブーツ。重なるその足音。カメラ
は早回しになり、ものすごい速さで人々が流れていく。シーンが変わってここで新
たな登場人物。渋谷クアトロでライブをしているカメダさん。新宿シアター・モリエー
ル、舞台の上ではイトウさんが演技をしている。カメラの前でゴミ拾いをしている夫
婦芸人、アダムとイブ。クリエイター志望のウナバラくんは卒業製作に取り組み、
サカイくんは今日も胃を気にしながら酒を飲んでいる。

 カメラはとあるマンションの一室へ。PCの前に男。そろそろ髪を切ったほうがいい
くらい長くなっている。観客にはその男が10年前に仲間たちと車に乗っていた男だ
とわかる。男はPCに向かって一円にもならない文章を書いている。おそらく脚本の
新しいアイデアが浮かばないので、ブログを更新することでごまかしている。灰皿
にはラークの吸殻がたまっている。男は気晴らしにカーテンを開け放つ。六階から
見下ろす街並。行き交う車、道行く人々。ここでカメラは再び早回し。夜の街に車の
テールランプが帯状になって流れていく。
 カメラは日本からアメリカ、フランス、イギリスと世界各国へ移り変わる。都市から
都市へ。早回しで流れゆく風景と人間。すべての都市に人の数だけ人生がある。

 今日も、人は移動を続けている。


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January 04, 2005

リーダー資質

 おそらく、誰にでも持って生まれたものがある。それは運動能力かもしれないし、
人目を引くルックスかもしれない。やたら“あやとり”がうまかったりする能力なの
かもしれない。東京タワー。蜘蛛の巣。地味な技だね、それ。まあいいや。僕が
先天的になにを持ってこの世に生まれ落ちたかはいまだに不明。覚醒の時はま
だか。そいつがゴミでないことを願う。拾う気にもなりゃしないね。
 
 僕は某プロバイダの某コールセンターでバイトをしていて、そこにはトラブルを
抱えた人々がどいつもこいつも「インターネットに繋がらなくなりました」と電話し
てくる。で、僕らはそれにたいして「知ったことか!」と声を揃えて答えるという仕
組み。研修でそう答えろって教えられたし。そんなふうにして僕の職場は成り立
っている(ウソ連発中)。

 今年から職場で少しばかり昇給し、僕はリーダーと呼ばれるポジションにつく
ことになった。リーダー。もう一度言ってみる。なんだか偉そうな響きだ。
「労働者階級二等兵」とかいう呼び名に変えてくれないかな。その方が落ち着く
し(そう?)。べつにリーダーと言ってもたいしたことをやるわけじゃない。スパル
タカスのように人々を率いて闘わなきゃならないわけでも、ケネディのようにキュ
ーバ危機を乗り切らなきゃいけないわけでもない。フロアをうろついて、みんなに
「やあ、最近はどうかね?」とか、「指の毛ってなんのために生えてるの?」とか、
「香水をつけない君って最高に素敵だよね」とか言ってればいいという噂もある。
うん、たぶんこの認識間違ってるけど気にせずに続けよう。

 これはスタンスの問題でもあるので、僕はけっこう迷った。極力そういうポジショ
ンは避けて生きてきたので。根がいいかげんなせいか、自分の好きなこと以外は
責任を持ちたくなかったりする。「適当に楽しくやろうよ」というのが僕のアルバイト
における基本スタイルであり、「だって俺たちバイトじゃん」というのが僕と仲間たち
の共通認識というわけだ。
 サービス業をやってる人はご存知かと思うけど、職場で「お客様の気持ちになっ
て~」なんて言葉を耳にするでしょう? あれってウソくさい臭全開だね。これまで
生きてきた個人的観測から言えば、奇麗事ってのは絶対に人の心に届かない。
ほんとにお客様のためになれちゃう人はサービス業の申し子か、バイトチームから
みれば異次元を生きている人だと思われる。未知との遭遇。ごめん、僕にもわかる
言語で話してくれる?

 僕は資質的にそういうことを言えないし、そういうことを言う気もさらさらない。かつ
てサッカー日本代表にはキャプテン不在の時代があった。闘将・ 柱谷哲二が去っ
たあと誰がキャプテンシーを発揮するのか。その当時のキャプテンは井原だった。
確か井原はこんなことを言っていた。

「何も声を出してみんなを引っ張ることだけがキャプテンシーではないと僕
は思っている。寡黙であっても僕はプレーでみんなを引っ張っていきたい」

 ふむ。井原と日本代表は苦戦しつつもフランスW杯にたどり着いたことはみなさ
んご存知のとおり。リーダーシップと言ってもいろいろなスタイルがあるというわけ
だ。そんなわけで、僕は僕なりのスタンスでリーダーというポジションを確立してい
こうと思う。
 こんなふうに書くと、僕がけっこうな決意でリーダーに臨むように聞こえるかもしれ
ない。場合によっては、影ながらジーコの「リーダー論」を熟読していると思われて
る恐れもあり。ここらで一言。

 そんな気はぜんぜんねえって話。知ったことか。(あっ、でた)


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January 02, 2005

ドトール派のベローチェ的休日

 
 毎年、新年はベローチェで過ごす。僕は言わずと知れたドトール派だし、四季を通し
てアイスコーヒーを飲むスタイルを打ち出しているが、新年はドトールが休みなので
仕方なくベローチェへ行くはめになる。どれだけドトールに焦がれてみても会えないと
いうわけだ。だって休みだしね。僕は遠距離恋愛ができないタイプかもしれない。ドト
ールの年明けの開店すら待てないんだから。ちょっとした浮気。できごころ。君の肩
から腕にかけてのラインが好きだから。その他いろいろ。

 こういう店舗って地域密着だなあといつも思う。僕がいつも出勤前に通っているドト
ールなんかもそうなんだけど、話したことはなくても顔を知ってる人がたくさんいる。
そんな人々同士が挨拶を交わしているのを見たことがある。ここもたぶんそういう感
じなんだろうと。初老の人がやたら多い。熱心に本を読んだり、余生をたわいもない
会話で埋めようとしたり。
 こういうのってちょっといいなあと思う。昔でいうところのサロン的雰囲気というか。
見知らぬ人生が交わる場所。どうも、お久しぶりです。最近見かけませんでしたね?
いやいや、どうにも腰痛がひどくてね。あなたは若くていいねえ。そうでもないですよ、
最近こちらも疲れ気味で。若い人がなに言ってるんだか。どうもすみません。あなた
の世代に希望はあるのかな? 希望ですか? あんまりないですねえ。僕くらいの
ときって希望はありましたか? あったよ、抱えきれないくらい。

 世の中には人と話すのが嫌いな人っているでしょう? あれって不思議だ。けっこ
うおもしろいのに。僕はたぶん、基本的にはひとりでいるのが好きな会話好きだと
思われる。よくわからないけどそういうタイプ。ほかの人がなにをどう感じ、どんなこ
とを考えて日々を生きてるのか知りたいので、けっこうどうでもいいことをやたらと話
かけたりする。そんな日常会話の中から学べることってけっこうある。なんだかすご
く印象的なフレーズに出会ったりもする。最近、僕がいちばん感心したのは、その夜、
友人が女の子から言われたらしいこんな言葉。

 自分、自分ばっかりじゃない。

 まさに名言。どうもすみません。胸に染みたよ(なんで?)。友達に代わって君にあ
やまっておこう。君が誰だか知らないけど。
 誰でもひとつくらいはおもしろいエピソードを持っている。それを聞かなきゃ損だなあ
と。そういう話を聞かせてもらってから親しくなることもけっこうある。人は見かけによら
ない。
 たぶん、だから人はおもしろい。

 

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January 01, 2005

リスナーのみなさん、元気かい?

やつは太っているから速く走ることはできないはずなのに
俺よりも速い
ゆうべ 俺たちはショーでやつを見かけた
やつは酔っぱらっていた
お前は歩いて 話す
お前は俺のウォーキー・トーキー・マン


 やあ、どうやら年が明けたらしいぜ。いまだに俺に一通もメールが
こないってのはどういうことだい? まあいいや。リスナーのみなさん
元気かい? 某HP以来だな。久しぶりにラジオ形式でお送りしてる
ぜ。今日の1曲目はSTERIOGRAMの「ウォーキー・トーキー・マン」。
ニュージランド発の底抜けに明るいガキどもだ。それにしてもどうでも
いいこと歌ってるよな、こいつら。カボチャの食いすぎかもしれないな。
まあ、とりあえず年が明けたので調子よく行こうってことで。

 2005年、時刻は新年を30分を回ったところ。恋人と過ごしてる
あんたはぞんぶんに愛し合ってくれ。友達と過ごしてるあんたはとに
かく騒ぎまくれよ、若いんだしさ。そうそう、俺の友達が去年結婚した
んだ。めでたいだろ? おめでとう、二人の新年はどうだい? 邪魔
したら悪いからメールは控えておくよ。え~、それからひとりで過ごし
てるそこのあんた。来年があるさ。お気の毒。カボチャでも抱いて寝な。
んじゃ、今日の2曲目…‥やべえ、何も思いつかない。とりあえずベタ
にPRIMALの「ロックス」で。


祈っても無駄だぜ 結局そういうもんだベイビー
ジョニーは完全にブッ飛んでるわけじゃない
奴は女に囁く甘いセリフをいつも用意してる
悩みなんか忘れて 
やろうぜ ハニー
さあ シェイクしろよ
ダウンタウンへ繰り出そう


 周波数は75.3、ラジオCOCOLOGから「魚群探知機は夢見る」をお送
りしてるぜ。いま、またなんとなく携帯を見ちまったよ。俺はいったい誰か
らのメールを待ってるんだ? 友達のウナバラくんからフライングぎみに
11時頃にメールはあったけどな。どうせなら年明けによこせ。しかも一括
送信だったしな。びっくりするね。ついでにいうと、俺の別の友達は性根
の腐った女とけっきょく付き合ってるらしいぜ(どうでもいい情報続報)。

 新年といえばあれだ、豊富。せっかく新しい年になったんだからな、気持
ちも新たにはじめないと。俺? 俺の豊富はどうでもいいって。カボチャでも
栽培してコロンビアに輸出するよ。自殺点で射殺されるくらいの国だからな。
すごいだろ? たかがサッカーだぜ。そんな国なら、俺が作ったカボチャも
何かの役には立つだろうって話。俺のことはいいからさ、あんたの豊富が
聞きたいね。まあ、とりあえず何かを成し遂げようぜ。お互いな。ほかの人
から見てくだらないことでも、あんたが納得すりゃそれでいいさ。世のバンド
マン、売れない役者、さえない物書き、夫婦芸人、恋する男たち、恋する女
たちに幸あれ。

 そろそろお別れの時間がきたみたいだぜ。なぜなら俺はもう眠いからな。
寂しい? お世辞は寝て言え。意味わかんないけどなんとなくわかれよ。
どいつにもこいつにも、目が覚めたら2005年の朝が待ってるぜ。日は
また昇る。ヘミングウェイ。きっと悪くない年になるさ。んじゃ、今日最後
の曲、懐かしきjesus jonesから「ライトヒア・ライトナウ」。


ラジオで女が革命を語る
それも既成の事実として
ボブ・ディランが歌っていた時代 こんなことは夢だった
なあ 生きるっていいことだぜ
 
 

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December 30, 2004

帰郷願望


 年の瀬。人々は自分のルーツを辿って帰郷する。そこには懐かしい風景や久し
く会っていなかった友人、叶わなかった想いなどがあるのだろう。
 で、僕の場合はどうか? いや、実家なんだよね、ここが。困ったことに。いつだ
って帰郷な人発見。往復320円(東京メトロ)。ありがたみゼロ。街に染み付いた
数々の思い出はとっくに風化されたし、星が輝く夜空もなければ、縁側で虫の声
を聴くこともできない。
 僕は長年、そんな場所に住んでいる。

 毎年、この季節になると帰郷する人々が羨ましいなあ、と。生まれてこのかた、
一度も帰郷ってものをしたことがないもので。映画などで窓も何もない一室に監禁
される人っているでしょう? お気の毒だって話。気分はあれに近いな。ずっと同じ
風景ばかり見せられていると、精神衛生上よくないっぽい。おそらく僕の帰郷願望
はパータン化からの脱出なのだと思われる。

 そんな帰郷願望のせいか、職場の友人たちにやたらと「実家帰るの?」と聞いて
みたりした。ときどき同じ人に同じ質問をしたりもして、「それ、前答えたじゃん」と
怒られたりもした。悪いね、俺ってけっこう人の話聞いてないんだよね。自分から質
問してるくせにさ。根がいいかげんなもので。ちなみに僕の友人は、性根が腐ってる
女の子とクリスマスにディズニーランドへ行ったらしいよ(どうでもいい情報発信)。
 怒られながらも友人たちの帰郷予定を聞いてみたところ、年末に実家に帰らない
人が意外と多いことが判明。その理由は、「めんどうだから」とか「お金がかかるか
ら」とか「津波に襲われたから」とかそういうの。こんなに僕が帰郷したがってるのに
贅沢な人々だ。ここらでみんなに一言。

 帰りやがれ。

 とりあえず、帰郷への道を辿る電車に乗ろうよ。まあ飛行機でもいいけど。たぶん
向かいには赤ら顔でカップの日本酒を飲んでいるオッサンが座ってる。
「坊主、里帰りか?」
「はい」
「故郷ってのはいいもんだ。みんな忘れがちだけどな」
「そうですね」
「親孝行しろよ、俺みたいにどうにもならなくなる前に」

 電車を降りて、故郷の地を踏む。空気には草木の匂いが混ざっている。電車が動き
出し、ゆっくりと山間に向けて小さくなっていく。まだ昼間だというのに、あとには静寂
だけが残る。僕は煙草に火をつけて辺りを見回す。ホームの端から、ひとりの女性が
風に揺れる黒い髪を手で押さえながら歩いてくる。懐かしい顔。
「ホームは禁煙」
「知ってる」
「おばさんから帰ってくるって聞いたから」
「たまにはね」
「何年ぶり?」
「4年かな」
「あれからずいぶん経ったね」
「結婚、おめでとう」
「‥‥知ってたんだ」
「‥‥」
「連絡しようかと思ってたんだけど」
「いいよ、べつに」
「ねえ、覚えてる? あの日‥‥」

 いや、覚えてないから。何の話? つうか、君は誰なの? かわいいなら許す
けど(えっ?)。そもそも僕には帰るべき故郷がないのに。帰郷願望というより
空想狂発見。

 え~と、良いお年を。


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名もない夏の日に

 あとになってみても何も思い出せない、そんな夏だ。甲子園の球児たちに
とっては一生忘れられない夏なのだろう。アテネで日の丸を背負っている選
手たちとっても。それが勝者であれ、敗者であれ。

 僕にとっては名もない夏が通り過ぎていく。体重は3キロ落ちた。あまり物
を食べないでいたら胃が小さくなったようだ。空腹感を覚えることがない。実家
暮らしの僕ではあるが、母の仕事の都合上、最近は自分でよくパスタを作る。
夜食はほぼ毎日パスタだ。ほうれん草とベーコン、カルボナーラ、ボロネーゼ。
トマトが嫌いなのでボロネーゼは主にデミグラスソース。缶詰などではなく、ほ
とんどの物は材料から自分で作る。何度か失敗したが、それぞれに悪くない
物を作れるようになった。人は学ぶ。

 先日、見知らぬ女の子と酒を飲んだ。バイトの友人と酒を飲んでいたら、突然
ひとりの友達が隣のテーブルの女の子たちに声をかけにいったのだ。気がつい
たら一緒に飲むことになっていた。見知らぬ女の子と一時的に親しく話すのは
それはそれで楽しいものだなと思った。年齢は僕らとほぼ同世代だった。彼女た
ちにもそれぞれの人生があり、そこに世間的な重圧やまだ叶わぬ願望が入り混
じっているようだった。帰りに女の子はメールアドレスを教えてくれた。2回ほどメ
ールが行き交った。たぶん順番で言えば次は僕の番なんだろう。それ以上、話
すべきことが見つけられなかった。3回目のメールは送らなかった。
友人には「duzzさんは性欲が足りない」と言われた。言うまでもないが、もちろん
僕にも性欲はある。それも余裕で。ただなんとなく、その場が楽しかったし、言葉
が送られて返ってきたのでこれはこれで終了でいいのではないかと。そんな気が
した。

 名もない夏が通り過ぎていく。バンドマンの友人はライブをこなし、お笑い芸人の
友人はレギュラーが決まった。彼らにとっては活動の季節だ。芸人の彼は「これが
最後のチャンス」と言っていた。そんな彼らの成功を願いながら、僕は脚本を書いて
いる。今回のは意外と悪くないような気もする。終わってみたらやっぱり退屈だったり
するのかもしれないけど。

 月の砂漠で生きる僕らにとっては、まだ名もない夏。この夏が、あとから思い返した
とき意味のある日々に変わっていれば良いなと思いつつ。


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月の砂漠

この日記を書いたずいぶん後に、放置の“置”が違うと教えてもらった。


放置プレイ。

 不思議な言葉だ。巷でなぜか言葉として認知されているのに、実際のところどんな
プレイなのか誰も知らない。放置プレイ。もう一度言ってみる。やっぱりよくわからない。
正確には放置プレーなのかな。どっちでもいいや。なんとなく性的なイメージがあるけ
ど、性的には放置していてもされていても、ちっともおもしろくないと思われる。なぜな
ら放置されちゃってるので。お気の毒。あの情熱はどこへ行ったのかね?

 時刻は深夜2時。こんなふうに僕は放置プレーについて考えていたところ。バイト先
の友人に「ホームページ更新しないんですか?」と問いを投げかけられたので、そろそ
ろ放置はいかんと思ってこの文章を書いている。で、放置プレーについて書いている。
久々に更新したのに放置プレーが主題。そんな31歳の暑い夏。月の砂漠。ちなみに
これは、たどり着いてみたけど何もなかったという暗喩(青山真治参照)。
 そもそも脚本を書こうかと思ってたんだけど、どうにも書くことが思いつけなかった。つ
いでに言うと、最近書きあげた脚本はいまいちおもしろくない。お気の毒。そんなわけで
ここを更新する時間が生まれてしまったがこれはこれで問題あり。文章を書くと、「今日
はこれでものを書いたな」感がいくらか生まれてしまうわけです。危機感の喪失。本来
なら脚本を書くべきなのに。僕のモラトリアムはいつまで続くのか。

 いま、メールが届いた。この時間に届くメールはかなりの確率で迷惑メールだったり
する。件名は「とびっきりの」。とびっきりの何? とびっきりの放置プレー? そいつは
放っておきすぎだと思うね。ものすごく退屈だよ、それ。ちょっと腹立つよ(なんで?)。
 こういうメールは開くとロクなことがないので削除。最近の僕には「とびっきりの」ニュ
ースがない。飛べねえって話だ。なぜなら、ここは月の砂漠なので。月の砂漠の良いと
ころは自分の時間がたくさんあること。それはけっこう広大だったりする。考えたくなくて
も意識を向けておいた方がいいものがある。忙しいと見えなくなるものもある。だから、
あえて忙しくしている人もいる。そんな世の中だ。

 ここぞとばかりに、僕は今年に入ってから相当な数の映画を見た。つまらない映画
が腐るほどあることがわかったし、それなりにおもしろい映画がそこそこあることもわ
かった。なんでこんな企画が通ったのか疑問に思うほどの作品もあった。僕が20分で
見るのをやめる映画も多々あった。それでも監督たちは映画を撮り続け、俳優たちは
その商品価値に「カット」の声がかかるまで演技を保ち、脚本家たちが創造をやめるこ
とはないだろう。
 月の砂漠の住人である僕は、あるていど大人になってからずっとここにいるのかも
しれない。たぶんそこでは星しか見えない。だから眺める。おそらく星に届くことはない
んだろう。それでも眺める。困ったことに、そこに星があるので。

 月の砂漠の住人のみなさんへ。そっちはどうですか?


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思えば、六月は暇だった


これといって語ることがない。

 穏やかな日々だ。やりすぎた六月のやりすぎた暑さだけはなんとかして
ほしかったが。このまま気温が上昇していくと、暑さが苦手な僕は引きこも
りになってしまうかもしれない。我が家の玄関にはこんな貼り紙。

「引きこもり、はじめました」

 おそらく、この家では来客があっても誰も出迎えない。なぜなら引きこもり
なので。そんなわけで、どんなわけかはわからないけど、非常にフラットな日々
なのである。喜びもなければ悲しみもなく、愛もなければ憎しみもないという。
かつて、ブコウスキーは「ポストオフィス」において“この物語はフィクションで
あり、誰にも捧げられない”と書いていたが、僕の人生もそれに似たものがある。
あまりにも個人的で、誰にも捧げられそうにもない。

 僕の祖父は六十二だったか六十三でこの世を去った。僕はすでに祖父の
生涯の半分くらいを生きたわけだ。当然のことながら、僕は後年の祖父しか
知らない。まだ幼かったので溺愛されていたという実感はないが、いつでも
優しい人だったという印象は残っている。僕も兄も祖父に叱られたことがなか
った。祖父の優しさの半分さえ僕が持ち合わせているか疑問だったし、彼が
学んだ人生哲学の半分すら僕が得ているかどうかも疑わしい。
 祖父が僕の年齢の頃にはすでに母が生まれていた。彼は個人的な人では
なかった。母が僕の年齢の頃にはすでに僕と兄が生まれていた。彼女もまた
個人的な人ではなかった。その息子たちは、ふたり足してもひとつの生命も
生み出していなかった。彼らは極めて個人的な男たちだった(ヴォネガット的表現)。

 最近、僕が“こうありたい”と思っているいくつか。年を重ねても、人並みに
清潔であること。誰かのペースではなく、自分のペースで生きること。立ち位置
はどこでもいいので、幸せになろうとすること。
 これから夏に向けて、僕の体重は数キロ落ちていくだろう。それから何度か
自分の日々にうんざりし、いずれそれほど悪くもないと持ち直すだろう。素敵な
女の子を見かけて、友人とその子に魅力について語りあうだろう。休日は脚本
を書いて、その人物たちの結末を思い描くだろう。
 そしてまた、僕は幸せという言葉の意味について考えることだろう。

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衛生兵をご存知ですか?

 この文章を書いたのは5月くらいですが、ついでなので。


 基本的にエッセイしか読まない兄がめずらしく小説を読んだそうだ。タイトルは
「世界の中心で、愛をさけぶ」。中心で叫んだらひどく迷惑だと思われたが、この
作家は端っこで叫ぶほどの謙虚さを持ち合わせていないらしかった。ちなみに僕
はこれを本屋で立ち読みし、書き出しから1ページくらいで却下した。なので、正
確にはどんな内容なのかよくしらない。「で、どんな話なの?」と兄に聞いてみた。
兄の感想はこうだ。

「俺って悲しいよ、っていう話。誰も叫ばない」


 衛生兵について語る。
 ご存知かと思うが、衛生兵というのは戦地で兵隊の手当てをする兵士のことで
ある。戦場で誰かが負傷したとき、銃弾が飛び交うなかを駆けつけ、自分も思い
っきり危険な状態なのに仲間ために治療をする勇敢な兵士のことだ。戦争映画を
見れば必ずと言っていいほど「衛生兵! 衛生兵!」という言葉を耳にすることが
できるし、たいていの場合は助けにきた衛生兵も銃弾に倒れるはめになる。お気
の毒。
 僕らのあいだでは、この「衛生兵」という言葉は女の子と同義語である。仲間内
における隠語。職場であからさまに女の子の話をするわけにもいかないのでそう
呼ぶことになった。日々、生きていくことが困難なこの世界で、傷ついた僕らの心
を癒してくれる素敵な女の子、それが衛生兵なのである。
 その隠語は仕事中の社内メールの中で、このように使用される。「え~、います
ぐ衛生兵を呼んでください」、「ただいま、そちらの衛生兵が出勤されたもようです」、
「今日入ってきた子は、やや衛生兵のような気がします」などなど。
 僕の仲間たちはそれぞれに衛生兵を見つけていたが、僕にはこれといった衛生
兵が見つけられない状態だったりする。仕方ないので、シャニン・ソサモンの画像を
ネットで見つけ出して社内メールに添付、「これからは彼女を俺の衛生兵にしようと
思います」というコメントとともに発射した。数分後、仲間のひとりからこんな返事が
きた。

「おそらく、彼女は俺の衛生兵にもなりうると思います」


 そう言えば先日、31歳になっていた。びっくりするね。とくに太ってもいなかったし、
ハゲの危険もないようだし、白髪が目立つわけでもないので許すことにした。せっか
くなのでノートパソコンと無線LANを購入。が、我が家の環境では無線LANが使えな
いらしく、「信号がうまく届いてませんね。お宅では無線の使用が難しいかもしれま
せん」とメーカーに一蹴される。使えない物を持っていても仕方ないので、カメラのさ
くらやへ返却にいったところ、これといった面倒もなく返金してくれた。なんだかとても
得した気がした。でも、わざわざ返却に出向いているので、じつは得していないという
ことに気づくまでそれほど時間はかからなかった。
 そんな31歳の5月。月の砂漠。

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問題は?


 いつ頃からだっただろう。たぶん20歳くらいだったと思う。いや、正確には20代
半ばくらいかもしれない。僕は普段の生活の中で、よくこの言葉を繰り返すように
なった。朝起きて煙草を吸っているときや、どこかでコーヒーを飲んで煙草を吸って
いるとき。深夜に煙草を吸っているときもそうだ。その瞬間は大抵の場合、煙草を
吸っているときに訪れる。切っても切れない仲。あるいは煙たいほどの友人。まあ、
僕と煙草の関係はなんて呼んでもらってもいい。とにかく、それが訪れた瞬間、僕
は僕に向かってこう尋ねるわけだ。

「問題は?」

 その時代によって僕が抱え込んでいた問題は違うはずだけど、とにかく僕はそう
することによって、自分の現状をわかりやすく把握しようとしていたのかもしれない。
ライターでそこそこ食えるようになること。金を借りること。おそらくは自分の人間的な
欠陥だと思われる部分をなおすこと。できるだけものを書くようにすること。売り込み
をして仕事を増やすこと。コピーを金曜までに提出すること。バイトを優先してでも金
を稼ぐこと。30歳までには大人らしくなること。恋人との関係をどうするかということ。
芝居用の台本を完成させること。時間が戻せないなら今動くこと。そんなふうに。
 つい先日、またその瞬間が訪れた。朝、バイト近くのエクセルシオールでコーヒー
を飲んでいたとき。いつもはドトールへ行くのに、その日はなぜかドトールの気分で
はなかった。壁際のソファへ腰掛けて本を開く。煙草を吸う。文章を切りのいいところ
まで目で追い、出勤時間を気にして携帯に目を向ける。8時20分。窓の外ではスー
ツ姿の人々が通り過ぎていく。そのとき、それは訪れた。

「問題は?」

 ほうっておいてくれ、というのが僕の最初の答えだった。でも、人はなかなか習慣
から逃れられない。それから僕は例によって、自分が抱えていると思われる問題に
ついて考えはじめた。本を読んでいるときや音楽を聴いているとき、それから映画を
見ているときもそうだ。その瞬間、ほかには何もいらないと感じることがある。だけど、
それではどこにもたどり着けない。たどり着けるのはたぶん、ここだけだ。今、僕が
生きているこの現状。憂鬱な朝。水っぽくなったアイスコーヒー。世界中の才能への
羨望。永遠の観客。この先も、その先もずっとだ。どうやら、僕は素敵な問題を抱え
ているらしい。

 結局のところ、やるしかないってことはわかっていた。永遠の観客でいたくないの
なら、芝居でもなんでもやるしかないってことだ。でも、僕は自分の書いたものをでき
るだけ客観的に見る努力をしている。この日記は書き流しているので別問題というこ
とにしてほしい。あくまで本気で書いているものについて。そう、脚本。自分の脚本を
客観的に読んでみて、僕はそれがどうしても“おもしろい”と呼べる域に達していると
は思えない。よくて“普通”だし、僕の目で見て普通ということは、おそらく他の人が
読んだらそれは“おもしろくない”のだと思われた。僕が目にしてきた、多くの小劇場
の芝居と同じように。

 名もない劇団レベルで自分が書いているものを本気でおもしろいと思っている人は
別として、その他の書き手たちは批判を覚悟で上演しているのだろう。そうしないこと
には永遠に観客だから。とにかく自分の書いたものを形として見てみたいから。それ
を続けることで、自分なりの方法論が見つけられるかもしれないから。
 名もない書き手たちに拍手を。

「問題は?」

 そいつはおそらく、勇気だ。

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そいつは最高

 

 バイト前に毎朝通っているドトールの窓からは、こんな看板が見える。スヴェンソン。
それが何の会社なのか知らないけど、僕はそのやる気のなさそうな看板と、無駄に
スウェーデン人みたいな響きが気に入っている。スヴェンソン、おはよう。お互い朝は
眠いよな。相変わらず、君の母国は虫歯の人が少ないのかい?
 
 裸足のままでいく 何も見えなくなる
 振り返ることなく 天国のドア叩く

 世の中には、トイレの個室になにやら意見を書きたがる人がいるようだ。僕はいつも
こう思う。「で、君はなぜにマジックを持ってる?」
 大抵の場合、それは性的で稚拙な芸術であったり、極めて男性的な妄想であったり、
無意味な個人情報――暇だったら090-8763-6098にTELして――であったりする。そ
の日、僕がそこで目にしたのは、どこかの誰かの悲痛なまでの社会への叫びだった。

 クラフト・ワークは不◆良物件ばかり売っている

 クラフト・ワークの人事担当◆者死ね

 クラフト・ワークのような詐欺会社に気をつけろ

 なるほど。じゃあ僕も気をつけよう。ちなみに◆の部分は、これを書いた人が字を間違
えて塗りつぶしたところ。ついでに言うと、この人は最後の「気をつけろ」のところも間違
えていて、いちどは「気をつける」にしてしまい、それでは自戒の言葉になってしまうこと
に気付いたらしく、そのあと「る」の下の丸い部分を塗りつぶして「ろ」に直していた。
 この人はよほど興奮していたのか、あるいはものすごくご立腹されていたか、ちょっぴ
りクレイジーだったりするのか、とにかくそのどれかだと思われる。お気の毒。

 僕のバイト先には朝の朝礼みたいなのがあって、これをやっている間、僕を含めたみ
んなは眠いので聞いているふりをしている。必要な情報はWeb上にアップされるので、
べつに聞いていなくてもあとで確認できるという仕組みだ。無駄なパフォーマンスと遭
遇。どうです? 我が社はきちんとしてます。そんなきちんとした会社に属している僕
は、朝礼中は窓の外を眺めることにしている。見下ろす世界には、「この人たち、みん
な仕事に行くんだ。すごいな」ってくらいの人々が動き回っているのが見える。かなり
高いところから見下ろしているので、正確には人というより点にちかい。色がついた点。
それぞれの日々にはそれぞれの色があるというわけだ。上から見ると、僕の日々は
何色なのだろうと思う。

 ときどき、音楽を聴いているだけでほかに何もいらないと思うことがある。音楽をやって
る人って素敵だ。そして幸せだと思う。言葉が違う国で、まったく見知らぬ人が自分の音
楽を聴いている。これってすごいことだ。だけどそれは、ものすごく狭き門だと思われる。
 先日、“最高にやる気ないトリオ”のひとり、芸人の彼と会話をしていたとき、こんな話
題になった。

「俺たち、いつまでバイトする気なんだろう?」
「俺は今年一年やってダメだったら、群馬へ帰ります」
「群馬ってどんなところですか?」
「緑が多い」
「へえ~」
「東京はあんまり好きになれないなあ。芸人目指してなかったら、
東京きてないですもん」
「俺、東京しか知らないからわからない。東京も木ありますけど。
ほら、あそことか」
「あんなの緑じゃないですよ」
「そうなんだ。へえ~。はぁ、俺も群馬行きたいなあ」
「duzzさんも一緒にきますか?」
「都落ちブーム到来」
「だって、今まで俺たちいろいろバイトしてきたじゃないですか?
で、バンドとか役者やってるヤツ、たくさん出会いましたよね?」
「はい、相当な数出会ってます」
「その中で、ひとりでも成功して食えているヤツっています?」
「……いないっす」

 そう、ひとりもいない。そいつは最高。

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